研究課題
陽子線を人体に照射すると照射領域内にポジトロン放出核種が生成する。生成したポジトロン放出核種の放射能(Activity)分布はPET装置を用いて画像化することができる。得られたActivity分布から線量分布を推定することができれば陽子線治療において重要課題の1つである体内線量の可視化が実現する。今年度は統計的画像再構成法であるML-EM法を基にした線量分布推定アルゴリズムの開発を行った。まず初めに、陽子線の深部線量分布とポジトロン放出核種の深部生成分布の対応関係を表すFilter関数を導出した。この際、人体に多く含まれる酸素核と炭素核に関しては測定した原子核データを使用した。次に、ターゲットの元素、質量密度、電子密度といった物理情報、陽子線照射とPET計測の時間情報、PET装置の空間分解能を加味してPET画像から線量推定を行うようアルゴリズムを作成した。さらに、PET画像上のノイズを低減し線量分布の推定精度を向上するための取り組みとしてTotal Variation正則化を導入した。開発した線量分布推定アルゴリズムをPlanarタイプのPET装置から得られた水の2次元Activity分布に適用したところ、線量分布と飛程の推定誤差はそれぞれ5%、1 mm以内、計算時間は20 msであった。また、モンテカルロシミュレーションから得られた頭頚部ファントムの3次元Activity分布に適用したところ、線量分布と飛程の推定誤差はそれぞれ10%、2 mm以内、計算時間は30 sであった。すなわち、精度と計算コストを両立した線量分布推定アルゴリズムが実現した。これまでの主な研究結果は原著論文としてPhysics in Medicine and Biology誌に掲載された。
2: おおむね順調に進展している
本研究は①陽子線治療時に得られるPET画像を用いて体内線量を推定するアルゴリズムの開発と②過去の臨床データに適用することで陽子線の実照射線量が治療結果に及ぼす影響の評価を目的としている。初年度に当たる2019年度は線量分布とポジトロン放出核種生成分布の物理的な違いをシステム行列に組み込むことで、当初の計画通りに精度と計算コストを両立した線量分布推定アルゴリズムを実現することができた。
2020年度は物理的要因によって決まる線量分布推定精度の総合的評価と生体内におけるウォッシュアウト効果の組み込みを行う。線量分布の推定精度にはポジトロン放出核種の生成に関わる原子核データの精度が大きく関係する。これまでに行っていた酸素核と炭素核に加え、カルシウム核の原子核データ測定と検証に着手する。得られた結果をアルゴリズムのFilter関数にフィードバックすることで線量分布推定精度の向上を目指す。また、線量分布推定精度にはターゲットの物理情報を導出する際に用いる治療計画CT画像上のアートファクトやターゲットの設置誤差、PET画像上のノイズやバックグラウンド成分の混入など様々な物理的要因が関係する。そこで、人体ファントムへ陽子線の治療ビーム照射とPET計測を行い、推定線量分布の総合的評価を行う。人のPET画像から正確な線量分布を推定するためには物理的な情報だけでなく血流などの生体作用も考慮する必要がある。過去に行われたマウス実験や臨床試験の結果を基に生体内における核種の生物学的半減期を見積り、アルゴリズムに反映する。
すべて 2020 2019
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 2件)
Physics in Medicine and Biology
巻: 64 ページ: 175011
10.1088/1361-6560/ab3276
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section A: Accelerators, Spectrometers, Detectors and Associated Equipment
巻: 924 ページ: 332-338
10.1016/j.nima.2018.05.034