研究実績の概要 |
本年度では,実験(1)として,マウス胚着床・脱落膜化における小胞体タンパク質(ERp29)の役割について,野生型マウスおよび子宮特異的ERp29欠損マウス(ERp29 cKO)を用いて検討した.また,実験(2)として,妊娠初期から後期(妊娠18, 22, 27, 50,55日目)のヒヒ子宮サンプルを用いて,子宮内のERp29および小胞体ストレス関連因子(IRE1, pIRE1およびCalr)のタンパク質の局在の解析を行った. 実験(1)において, 野生型マウスを用いた免疫組織化学染色(IHC)の結果から, 妊娠10日目の子宮では, ERp29は胎盤や被包脱落膜に強く発現することが明らかとした. また, ERp29 cKOを用いた実験では, ERp29 cKO区の平均産仔数は, 対象区(ERp29 flox/flox)の7.5±2.6匹に対して, 1.5±2.2匹と著しい減少を示した(p<0.05). さらに, 妊娠8日目の子宮を用いたq-PCRからERp29 cKO区において, Msx1およびPrl8a2が減少し, HB-EGFが増加することが明らかとなった. また, 妊娠10日目の子宮を用いたIHCの結果から, 対象区と比較して, ERp29 cKOでは, KI67, IRE1およびpIRE1の局在に差は認められなかった. 実験(2)において,妊娠ヒヒの子宮サンプルを用いたIHCの結果から, ERp29は子宮腺に強く発現することが明らかとなった. また, 小胞体ストレス関連因子(IRE1, pIRE1およびCalr)に関しては, 子宮全体(内膜上皮, 子宮腺, 間質)に広く局在することが明らかとなった. 以上のことから,齧歯類のマウスだけではなく, 霊長類であるヒヒの妊娠維持においても,小胞体タンパク質(ERp29)が重要な役割もつ可能性が示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度までに、Cre/loxPシステムを用いて作製した子宮特異的ERp29欠損マウス(PgrCre/+ ERp29flox/flox:ERp29 cKO)を作製した. また, ERp29 cKO区の平均産仔数が, 対象区(ERp29 flox/flox)の7.5±2.6匹に対して, 1.5±2.2匹と著しく減少することを明らかにした(p<0.05).対照区およびERp29 cKO区ともに胚着床を示したが,妊娠8日目の子宮サンプリングから一部のERp29 cKO区の子宮において胚仔の死滅を確認した.また, 妊娠8日目の子宮を用いたReal time-PCRからERp29 cKO区において, Msx1が減少し, HB-EGFが増加することが明らかとなった. これらのことから,マウス子宮におけるERp29が胚着床後の脱落膜化および胎盤形成に関与する可能性を示した. また昨年度に実施した, ヒト子宮内膜由来の細胞(HuF cell)を用いたホルモン処置(エストロジェンおよびプロジェステロン)による人工脱落膜化の結果から,脱落膜化HuF cellにおいてERp29および小胞体ストレス関連因子(ATF6,IRE1等) mRNA発現量は, 増加傾向を示した.また本年度では, 妊娠初期から後期のヒヒ子宮における免疫組織化学染色の結果から, どの時期においてもERp29が子宮腺にて強く発現することを明らかとした. 以上のことから,マウス, ヒヒおよびヒトの子宮内膜細胞において, 小胞体タンパク質(ERp29)が妊娠維持に重要な役割を持つ可能性が示唆された.
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今後の研究の推進方策 |
実験(1)新規胚着床・脱落膜制御因子(ERp29)の機能解明 子宮特異的ERp29欠損マウスに関しては, D5の血液および子宮サンプルの回収を行い, 血中のエストロジェンおよびプロジェステロン濃度の測定をELISA法, 小胞体ストレス関連因子(ATF4, ATF6およびCHOP等)mRNA発現量をReal time-PCR,タンパク質の定量および局在をウェスタンブロットおよびIHCを行う. また, ヒヒの子宮サンプルを用いた実験に関しては, 引き続きミシガン州立大学のFazleabas教授と綿密に連絡を取ることで霊長類(ヒヒおよびヒト)の妊娠における小胞体タンパク質(ERp29)の機能について解析を行う.
実験(2) 子宮腺上皮特異的Cre遺伝子発現マウスの作製 マウス子宮は主に3種類の細胞(内膜上皮, 腺上皮, 間質)からなり, これらの細胞間コミュニケーションを行うことで妊娠は維持される. これまでの研究において, 子宮全体(内膜上皮・腺上皮・間質: Pgr-Cre), 子宮上皮(内膜上皮・腺上皮: Ltf-Cre)特異的にCreリコンビナーゼが発現するマウスは, 存在するものの腺上皮のみでCreが発現するマウスの作製報告はなく, 内膜上皮と腺上皮を明確に区別して遺伝子の機能を調べることは出来なかった. そこで, 子宮腺上皮における遺伝子の機能を明らかにすることを目的として, 子宮腺上皮特異的にCreリコンビナーゼが発現するマウス(Rdh1-Cre)の作製を行う. すでにターゲッティングベクターの作製には, 着手しており, Rdh1-Creが作製されれば, これまで不明であった子宮組織(内膜上皮・腺上皮・間質)における細胞間コミュニケーションが明らかとなり, 哺乳類の妊娠メカニズムを解き明かす有用なツールとなる可能性がある.
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