研究課題/領域番号 |
19J23670
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
早川 雅大 名古屋大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 硫黄 / 置換基 / π電子系 / スルホキシド / 結晶性 |
研究実績の概要 |
本研究では,独自に開発した硫黄を含む中員環チアシクロノネン (TN) によるエンドキャップの有用性をさらに拡張し,有機エレクトロニクスにおける最難関物性の実現を目的に,中員環内の硫黄の酸化による構造特性や電子構造の修飾に取り組んだ.これまでに,π 電子系の溶解補助基の特性を合成後期で変調させる方法への活用を目指し,硫黄を含む中員環縮環チオフェンの酸化を検討した結果,チアシクロノネン縮環チオフェンをもつ種々のπ電子系に対して良好なエナンチオ選択性で不斉酸化が進行する条件を見出している.本年度は,硫黄原子の酸化が 9 員環の動的挙動や凝縮相での性質に及ぼす影響について検討した.具体的には, 3,4,5-トリス(ドデシロキシ)フェニル基が置換したTN縮環チエニルナフタレンを合成し,これを不斉酸化して得られるスルホキシド体について,示差走査熱量分析および温度可変 X 線粉末回折測定により相転移挙動を検証した.その結果,スルホキシド体では安定な非晶質相が発現し,酸化により結晶性が低下することがわかった.TNの酸化により等方性液体から結晶相への再配置が起こりにくくなったためと考えられ,硫黄原子の酸化状態や中員環の配座自由度の違いが凝縮系における分子全体の動的挙動に顕著な影響を与えていることが示唆される.このことは,合成の最終段階で TN の硫黄上を酸化することで相転移挙動を大幅にチューニングできることを示す結果といえる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は,昨年度までに確立したTN縮環チオフェンの不斉酸化反応を基盤とし,得られたπ電子系の硫黄上の酸化前後における凝縮相での相転移挙動について検討した. 当初は,硫黄上の不斉酸化によるキラリティー導入がキラルな分子配列の誘起につながることを期待し,特にキラルな液晶相の発現を意図して3,4,5-トリス(ドデシロキシ)フェニル基が置換したTN縮環チエニルナフタレンに絞って研究を行った.その結果,当初期待した液晶相の発現は認められなかったものの,硫黄上の酸化に伴う非晶質相の発現という予想外の結果を得た. これらは,当初期待していた凝縮系でのキラルな集積構造とは関係ないものの,TNの環内の硫黄上の酸化が,結晶性や相転移挙動に劇的な変調をもたらすことを示した結果である. π電子系のための従来の置換基は,多くの場合、溶解性の担保のために合成の初期段階から導入する必要があり,その最適化には合成的に多くの苦労を伴う.これに対して本研究の成果は,π共役分子の溶解性を維持しながら,合成後期で物性や分子配向の制御を可能にする方法論を開発したものと位置づけられる.当初計画していた方向性とは異なるが,新奇な溶解補助基に基づくπ電子系の構造修飾という観点から研究は概ね順調に進展しているといえる.
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今後の研究の推進方策 |
引き続き,チアシクロノネンの酸化が結晶性に及ぼす効果の起源について検証する.スルフィドの酸化により得られるスルホキシドは,硫黄周りの立体配置は高温でも安定であることが知られており,酸化前のスルフィドよりも剛直な構造をもつ.このことを踏まえると,本研究で得られた TNの酸化に伴う結晶性の低下は直感に反する結果である.TNの酸化により等方性液体から結晶相への再配置が起こりにくくなったためと考えられ,硫黄原子の酸化状態や中員環の配座自由度の違いが凝縮系における分子全体の動的挙動に顕著な影響を与えていることが示唆される.そこで第一に,過年度研究したTN誘導体を用いて,スルホキシドのラセミ体を合成し,スルホキシドの光学純度が相転移挙動に及ぼす影響について実験的に検証する.また,硫黄上の酸化状態がTNの配座自由度に及ぼす影響を理論計算をあわせ用いて調べる.さらに,TN縮環チオフェンをもつほかの様々なπ電子系の相転移挙動についても検証する.
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