本研究では,有機エレクトロニクスにおける最難関物性の実現に資する新たな構造修飾法の確立を目的とし,独自に開発したエンドキャップ基であるチアシクロノネン (TN) 部位をもつπ電子系の合成および物性の解明,凝縮系での機能開拓に取り組んだ.本年度は過年度に引き続き,TN環内の硫黄の酸化が結晶性に及ぼす効果の解明に取り組んだ. 第一に,過年度研究したTN誘導体を用いて,スルホキシドのラセミ体を合成し,スルホキシドの光学純度が相転移挙動に及ぼす影響について検証した.その結果,新たに合成したラセミ型スルホキシドは,光学純度の高いスルホキシドよりも著しく低い融点をもち,固体状態での分子配向に関する知見を得ることはができなかったが,硫黄の酸化度と光学純度のいずれも結晶性に著しい影響を及ぼすことがわかった. また,硫黄上の酸化状態がTNの配座自由度に及ぼす影響を明らかにするため,TN縮環チオフェンを用いて DFTB-MD法により中員環の立体配座解析を行った.その結果,高温条件では TN縮環チオフェンおよび対応するスルホキシド体は同程度の配座自由度をもち,極めて多くの配座異性体を生じるのに対し,温度を下げるとスルフィド体に比べてスルホキシド体の配座自由度のバリエーションは顕著に少ないことが確認できた.硫黄上の酸化がTNの9員環の配座自由度を著しく低下させることを示す結果であり,結果として凝縮系において等方性液体から結晶相への分子全体の再配置を抑制する重要な因子になっていることが示唆された.以上の研究を通して,従来困難であった拡張π電子系の合成後期での物性変調に対して1つの解決策を示したといえる.以上の一連の成果は,今年度中に原著論文一報にまとめ,Chem. Commun. 誌に掲載された.
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