研究課題/領域番号 |
19J23672
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
伊藤 正人 名古屋大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2019-04-25 – 2022-03-31
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キーワード | 有機化学 / ラジカル / ホウ素 / OLED |
研究実績の概要 |
有機πラジカルは不対電子に由来して,可逆な酸化還元特性や長波長領域での吸収発光を示すといった優れた電子物性を示す.さらに近年では,有機電解発光素子(OLED)への応用が期待されている.しかし,実践的応用には本質的な不安定性が問題となる.この問題に対し当研究室では,平面固定したπ共役骨格にホウ素を組み込むことでラジカルを高度に安定化できることを見出した.単結晶を用いて作製したトランジスタにおいて両極性半導体特性を示した.さらに,強い赤色発光を示すことも明らかとなっている.このように優れた物性を示す分子ではあるが,依然,物性の観点で問題が残る.架橋部位のかさ高さにより効果的なパッキングが阻害され電荷移動度は十分ではない.本年度はこの問題を克服するため,(1)架橋部位のかさ高さを改善した誘導体の合成法の確立と,(2)OLEDへの応用可能性を検討するため,すでに合成を達成している含ホウ素有機πラジカルを用いた素子作製,性能評価を行った. (1)について,ラジカルまわりを酸素原子で架橋し,もう一方の架橋をなくした誘導体の合成法の確立に取り組んだ.前駆体までの合成法を確立でき,現在は最終段階の反応条件を検討中である.この合成方法はラジカル中心とホウ素まわりのアリール基を容易に変換でき,アリール基の電子効果等の違いが及ぼす安定性や,吸収発光波長,発光効率への影響を評価できる点がこの合成法の重要な点である. (2)について,素子構成の最適化の結果,励起子生成効率は77%となった.この励起子生成効率の値は,閉殻系化合物の25%や,三重項消滅を用いた場合の62.5%のいずれの場合よりも高い値となった.すなわち,ラジカルを用いる利点を,このホウ素安定化ラジカルでも活かせることがわかり,今後検討していく近赤外発光性ラジカル種を用いた近赤外OLEDとしての応用可能性を示唆する結果が得られた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は,ホウ素安定化有機πラジカルの物性の追求を目指し,(1)固体状態の分子配向制御による両極性半導体の開発を達成するために,架橋部位のかさ高い置換基を変換したラジカルの合成法の確立と,(2)近赤外有機電界発光素子(OLED)の作製に向け,すでに合成を達成している含ホウ素有機πラジカルのOLEDの発光層としての応用の検討に取り組んだ. 現在までの進捗として,(1)では,ラジカルまわり平面固定化を片側のみ酸素原子で架橋し,もう一方の架橋をなくした誘導体の合成法の確立に取り組んだ.ジフェニルエーテルを出発原料とした,従来の合成法とは全く違う合成ルートを一から考え,この一年間で標的ラジカルの前駆体の合成まで達成している.現在は,最終段階のラジカル化の反応条件や精製方法の確立に取り組んでいる. (2)では,ラジカルOLEDへの応用検討を数週間の企業への出張で実施した.実際に自らの手で素子作製と性能評価を行なった.素子構成の最適化を行った結果,外部量子効率が7.1%を示し,そこから算出された励起子生成効率は77%であった.この励起子生成効率の値は,従来の閉殻化合物を用いた場合の25%や,三重項消滅を用いた場合の62.5%のいずれの場合よりも高く,ラジカル種の利点を活かした性能といえる.一方で,素子作製の際に,高い平面構造に起因した溶解性の低さが問題となり,薄膜中で凝集が起こり,発光効率が溶液中に比べ低下することがわかった.そこでこの溶解性の問題を克服するため,(1)の合成法に立ち返り,標的化合物の設定,その合成法の検討を行っている. 以上の成果を国内学会において口頭発表を1件,国際学会においてポスター発表を1件行った.国内学会では優秀講演賞,国際学会ではポスター賞を受賞した.順調に研究を推進できているといえる.
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今後の研究の推進方策 |
前年度の結果として,企業との共同研究によりOLEDの素子作製を行い,励起子生成効率が71%という値を示した.この値は,開殻系化合物をOLEDの発光層として用いた場合の利点を活かした結果である. この知見をもとに今年度は,ホウ素安定化ラジカルのOLEDの発光性材料としての有用性のさらなる追求を目的に,高い安定性を有し,かつ近赤外領域で高効率な発光を示すラジカルの合成と,高効率近赤外発光性OLEDの創製に挑む. そこでまず,ホウ素安定化ラジカルの種々の誘導体の合成法の確立を行う.確立した合成法を用いて,ラジカル炭素中心部位およびホウ素中心部位のアリール基を変換した誘導体を複数合成し,分子の立体構造や電子効果が及ぼすラジカルの安定性への影響についての知見を得る.一連の評価を通して,ラジカルの安定化に重要な要素を明らかにし,より安定な誘導体の創出に取り組む. また,合成した誘導体に対し,紫外可視赤外吸収スペクトル,蛍光スペクトル,蛍光量子収率測定を行い,光物性へ与える影響も評価し,特に固体薄膜状態で高効率な発光を達成するための分子設計指針の確立を目指す. また,ラジカルの近赤外発光特性を追求するために,励起状態での量子化学計算を行い,新たな分子骨格の設計と合成に取り組む.得られる分子について溶液中での基礎物性の測定を行った後に,固体状態,薄膜状態における基礎物性に関する知見を得る.その一つの候補として,チオフェン環を導入した誘導体の合成を考えている.この化合物では,チオフェン環の硫黄原子の酸化により電子的摂動を与えられる点が特徴である.薄膜状態で高効率な発光を示すラジカルを用いてOLEDの発光層としての機能を企業との共同研究により実施する.実際に素子化を行った際に生じた問題を改善するための分子骨格の造り込みを行う.
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