末梢神経の発達においてシュワン細胞は段階的な分化過程を経由して髄鞘形成に至るが、その詳細な分子機構は不明な点が多い。そこで、末梢神経髄鞘化に関わる遺伝子スクリーニングを行い、HIFに着目した。培養シュワン細胞において低酸素環境、通常酸素条件下において分解を免れるプロリン残基の変異体の過剰発現または薬剤によりHIF1αを安定発現するとシュワン細胞の分化およびin vitroの髄鞘化が促進した。髄鞘化が完成する生体期と比較して、末梢神経の髄鞘化が活発な発達初期の坐骨神経でHIF1α蛋白が安定的に発現していた。発達期の髄鞘化におけるHIF1αの直接的関与を調べるため、髄鞘化が進行するP0陽性シュワン細胞でHIF1αを欠損するcKOマウスを導入し、in vitro髄鞘化モデルを作製すると一過性の低酸素暴露によるHIF1α安定化による髄鞘化促進効果が認められなかった。予想に反して、cKOでは形態学的解析から発達期の末梢神経の髄鞘化には目立った異常は認められなかった。そこで、発達期の髄鞘形成の分子機構との類似が報告されている神経傷害後の再髄鞘化への影響を検討した。傷害後の坐骨神経ではHIF1α陽性シュワン細胞が豊富に存在していた。電子顕微鏡観察により、cKOマウスの傷害後坐骨神経では再髄鞘化の遷移期に見られる不完全な髄鞘軸索の発現頻度が高かった。感覚-運動神経の機能評価では、cKOマウスで機能回復の遅延が認められた。HIF1αの誘導因子を調べるため、低酸素領域を感知するプローブによる組織染色の結果、発達初期および傷害後の成体マウスの末梢神経においては、顕著なシグナルが検出された。以上より、発達初期や再髄鞘化期の髄鞘化が活発な時期では、組織中の酸素濃度の低下に応答してHIF1αがシュワン細胞で安定発現し、核内転写因子として髄鞘化に必要な遺伝子発現調節を行っている可能性が示唆される。
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