研究課題/領域番号 |
19K00017
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
山本 剛史 慶應義塾大学, 教職課程センター(三田), 講師(非常勤) (20645733)
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研究分担者 |
吉永 明弘 法政大学, 人間環境学部, 教授 (30466726)
熊坂 元大 徳島大学, 大学院社会産業理工学研究部(社会総合科学域), 准教授 (60713518)
小松原 織香 関西大学, 文学部, 特別研究員(PD) (20802135)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 環境倫理学理論研究 / 福島第一原子力発電所事故 / 環境徳倫理学 / 予防原則 / 都市の環境倫理 / リスク社会における倫理 |
研究実績の概要 |
2020年度は前年度より準備してきた共著書『環境倫理学』を、当研究メンバー以外の環境倫理学研究者の総力をも集め、昭和堂より出版することができた。分担者である吉永を編著者とし、熊坂、山本が分担執筆に参加した。吉永は序章にて環境倫理学の歴史と背景をまとめ、第1章で功利主義と環境倫理学との関連、第6章で生物多様性、第13章で都市の環境倫理学について考察した。熊坂は第3章で昨今注目を集める環境徳倫理学について、徳倫理学に関する原理的考察から説き起こした。山本は第9章で予防原則に関する倫理学的考察を、リスク社会論と欧州化学物質規制政策及び低線量被曝防護史を踏まえて書き下ろした。従来関連著作の中には、規範倫理学との結びつきが不分明で、ややもすると個別事例の社会学的記述と集積に留まっているものも見られた。本書は各著者が環境倫理学に関して独自の考察を深めると同時に、環境倫理学の諸問題と倫理学理論との相互応答を初学者ないし一般読者が読むことまで想定して平明に書いた点に独自性がある。 コロナウィルス禍で研究活動が大幅に制限される中、吉永は後述する書籍、雑誌記事執筆に加え、Webマガジン「シノドス」に2本の記事と2本の対談を寄稿した。山本はWebサイト「Philosophy World Democracy」に、福島原発事故について倫理学的に考察する1本の英文記事を投稿した。小松原は並行して取得した学振研究費による海外での研究活動が制約される中、21年度へ向けて準備してきた。 本研究はアカデミズムの外部で、特に着目されることのなかった生活者の思想と、環境倫理学理論との応答を目指している。2020年度は主に環境倫理学理論研究の深化と普及という点で一定の成果を上げることができたと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
コロナウィルス禍のために、当初研究計画書に記した長崎県在住の犬養光博牧師との対談がいまだ実現していない。カネミ油症被害者の活動と思想も多面的であるが、支援者の一人であった犬養氏からその一面を聴きだすことができれば、例えば福島原発事故に影響を受けた人々の生活と思想との比較研究も可能になる。そこにこぎつけられる見通しがコロナ禍でさえぎられているのが現状である。 ただし、初年度に実施した福島県訪問にて実施したインタビューの内容はすでにテープ起こしと校正がほぼ終了しているうえ、出版社(言叢社)との話し合いにより21年度末に研究代表者である山本の序論と総論を加えて出版することが決定している。 現在は研究分担者各位の助言を受けつつ、序論と総論の執筆に取り組んでいる。
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今後の研究の推進方策 |
コロナウィルス禍の収束の見通しが立たない以上、高齢の犬養牧師訪問は先方の健康に悪影響を及ぼす懸念があるため、実施の予定を立てられない。 従って、研究代表者である山本は言叢社出版に精力を傾注する。予定される総論の概要は以下の通り。まず山下俊一のいわゆる「ニコニコ発言」を擁護するに至った加藤尚武の思想を、『災害論』の内容に即して批判する。一方でインタビューに応じて頂いた方々の活動や行動が、加藤の民衆への警戒心と不信感と裏腹に、生活を守るために科学をできる限り正確に摂取してなされていることを改めて示したうえで、民衆、生活者自身を環境倫理学の主体として位置づける。 原発事故後の諸政策に科学的裁可を与えているのは「低線量ワーキンググループ報告書」である。これが基本的に則っているICRP(国際放射線防護委員会)の諸勧告について、ICRP自身が倫理学的正当化を試みたPublication138について、倫理学的観点から批判的に考察する。この考察は、つまるところ先に環境倫理学の主体と位置付けた生活者の営みを妨害する根本的な思想の剔抉につながる。 生活者がICRPをはじめとする一連の核開発推進組織の妨害を、なぜ撥ね退けねばならないのか。その倫理学的根拠を、ハンス・ヨナスの責任倫理を改めて考察しなおすことを通して、またオギュスタン・ベルクが提唱する地球と人類の風土的つながりに着目することを通して明らかにする。このような考察によって、原発事故被災者の一部の行動が体現している生活者の思想を解明し、広く環境倫理学の一般理論の確立を目指したい。 研究分担者は、本研究以前から刊行している学術雑誌『環境倫理』を続刊し、福島原発事故後10余年の現状を踏まえた研究論文を執筆することになっている。これに関しては2022年度への延長も視野に入れて現在打ち合わせ中である。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナウィルス禍で研究計画の遂行が大幅に制限されたうえ、言叢社と研究成果を広く発信するために出版することで合意が2020年末までに形成されたので、次年度の成果報告費へと集中させるべく、代表者である山本は今年度研究費の使用を控えた。 2021年度は20年度から繰り越した分を、分担者分担金を除き原則としてほぼ全額成果報告費に充当する予定である。
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備考 |
synodos.jpへの投稿記事4本はいずれも吉永明弘が執筆、対談を行ったものである。タイトル「Katsutaka Idogawa and Local Intergenerational Ethics」は山本剛史が執筆した。
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