本年度は、これまでの研究を総括しつつ、偶然という要素が不断に織り込まれた世界という観点から、人生の意味や幸福、自由といった価値ないし概念をどのように見出すことができるかについて、古代から現代に至る西洋倫理学の議論を跡づけ、再考する研究を遂行した。その成果は、主として以下の三種類の研究としてまとめられる。 (1)「籤(くじ)」というものが人々の生活や社会においてどう位置づけられ、どのような役割を担ってきたのかについて、古代ギリシアと現代における空想的事例を題材にすることで浮き彫りにした。 (2)あらゆる価値を偶然の所産として受けとめつつ、特定の価値にコミットして生きる、というアイロニカルな人間のあり方はいかに輪郭づけられ、人生の意味や幸福の追求といかに折り合うことができるのかにめぐって、古代懐疑主義および現代のトマス・ネーゲルやリチャード・ローティらの論点を整理し、比較を行った。 (3)世界に生じる事態の一切を偶然として受けとめた場合に、世界のなかになお自由や価値を見出すことができるかについて、現代のルートウィヒ・ウィトゲンシュタインの議論を跡づけつつ、古代ギリシアの諸議論との比較を行った。 以上の成果は、論文「くじ引きは(どこまで)公正なのか――古代と現代における空想的事例をめぐって」(『法と哲学』7、77-104頁)、論文「前期ウィトゲンシュタインにおける「意志」とは何か」(『現代思想』49-16、105-116頁)、学会発表「偶然とアイロニー――英米圏の現代哲学の一断面をめぐって」(比較思想学会第48回大会シンポジウム「運命と偶然」)等々のかたちですでに公にしており、今後もいくつかの学会において公開を行う予定である。
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