研究課題/領域番号 |
19K00026
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研究機関 | 弘前大学 |
研究代表者 |
今井 正浩 弘前大学, 人文社会科学部, 教授 (80281913)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | アリストテレスの発生理論 / 素材形相論 / 精液(スペルマ) / 月経血(カタメーニア) / 古典期ギリシアの医学者たち / ヒッポクラテス / 汎生説(パンゲネシス) |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、人間を含めた動物の生殖発生をめぐる論争史を通してみた西洋古代の人間観の特質を、古典ギリシア語・ラテン語の原典資料に基づいて実証的に解明しようというものである。 本研究の初年度にあたる令和元年度には、ヒッポクラテスに代表される古典期ギリシアの医学者たちが、①「精液」(スペルマ)と「月経血」(カタメーニア)の本質、②男女(雄と雌)の性別の決定、③親子間や同族間の類似性等の問題の究明等を中心に、以上の論争にどのような形ででかかわってきたのかという点に注目しつつ、考察を進めてきた。本研究の第二年目にあたる令和2年度には、アリストテレス(384-322 BC)の動物の発生理論が、この論争の進展においてどのような役割を果たしたのかという点を中心に考察を進めた。 アリストテレスは、かれ自身の哲学の基本前提をなしている、いわゆる「素材形相論」に基づいて、問題①~③に対して、明確な説明を与えている。アリストテレスは、男性(雄)が「精液」の放出を通して人間の「形相」を提供するのに対して、女性(雌)は生まれてくる子供の体の「素材」にあたる「月経血」を提供すると主張している。アリストテレスの説明は「精液は男女の全身からやってくる」という前提に立って、問題①~③に対して原理的な説明を試みた古典期ギリシアの医学者たち―ヒッポクラテス医学文書中の『神聖病について』『空気、水、場所について』と題する医学論考の著者、また『生殖について』『子供の自然本性について』『疾病について』第四巻より構成される一連の論考の著者―の「汎生説(パンゲネシス)」に対するアリストテレスの側からの批判的応答とみなすことができるのではないか。 以上の可能性を、本年度の研究における実績・成果の一つとして提示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は3年にわたる計画で進められている。 本研究の初年度にあたる令和元年度には、ヒッポクラテスに代表される古典期ギリシアの医学者たちが、①「精液」(スペルマ)と「月経血」(カタメーニア)の本質、②男女(雄と雌)の性別の決定、③親子間や同族間の類似性等の問題の究明等を中心に、人間を含めた動物の生殖発生をめぐる論争にどのような形でかかわってきたのかという点に注目しつつ、考察を進めてきた。 本研究の第二年目にあたる令和2年度には、アリストテレス(384-322 BC)の動物の発生理論が、この論争の進展においてどのような役割を果たしたのかという点を中心に考察を進めた。 アリストテレスの登場は、この論争の進展において決定的な意味をもつものであったと判断される。アリストテレスは、かれ自身の哲学の基本前提をなしている、いわゆる「素材形相論」に基づいて、問題①~③に対して、明確な回答を与えている。アリストテレスの発生理論では、男性(雄)が「精液」の放出を通して人間の「形相」を提供するのに対して、女性(雌)は生まれてくる子供の体の「素材」にあたる「月経血」を提供するとされている。本年度においては、アリストテレスの説明は「精液は男女の全身からやってくる」という前提に立って、問題①~③に対して原理的な説明を試みた古典期ギリシアの医学者たち―ヒッポクラテス医学文書中の『神聖病について』『空気、水、場所について』と題する医学論考の著者、また『生殖について』『子供の自然本性について』『疾病について』第四巻より構成される一連の論考の著者―の「汎生説(パンゲネシス)」に対するアリストテレスの側からの批判的応答とみなすことができるという可能性を研究実績・成果の一つとして示すことができた。 以上のことから、本研究は、最初に立てた計画に沿って、概ね順調に進展していると判断される。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の最終年度にあたる令和3年度には、アリストテレス以降、人間を含めた動物の生殖発生をめぐる論争がどのような方向に展開していったのかという問題の解明を中心に考察を進めていく予定である。 ヘレニズム期に入って、この論争は新たな局面を迎えたと判断される。初期アレクサンドリアの医学者たちによって確立された人体の解剖生理学は、人間を理解するための視座を大きく転換させるとともに、この論争の行方にも影響を与えたと思われる。ローマ期を代表する医学者ガレノス(129-c.216 AD)は、この論争の初期文脈から、人体の解剖生理学が成立したヘレニズム期をへて、かれ自身の時代にいたる論争史全体を視野に入れて、人間の生殖発生のメカニズム等に関する先人たちの諸見解について批判的に論じると共に、それらの批判をふまえて、自説を積極的に展開している。 本研究の最終年度にあたる令和3年度には、ガレノスの発生理論の特色とその歴史的背景に着目しつつ、西洋古代におけるこの論争史の最終局面に光をあてる予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究の第二年目にあたる令和2年度に購入を予定していた関係資料(図書等)の納入が、当初予定していた時期に間に合わなかったこと、同年度に予定していた資料収集や成果報告を目的とした出張のための旅費が、新型コロナウイルス感染防止のための措置等によって執行できなかったために、残額が発生した。 いずれも当初の研究の計画に大きな支障をきたすものではないと判断されることから、本研究の最終年度にあたる令和3年度には、追加的に必要となる資料の購入、旅費の執行等へ迅速に対応する予定である。
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