研究課題/領域番号 |
19K00036
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研究機関 | 北九州市立大学 |
研究代表者 |
伊原木 大祐 北九州市立大学, 基盤教育センター, 教授 (30511654)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 情感性 / 意志 / 共苦 / 新事象 / 異端思想 |
研究実績の概要 |
本研究は、近代以降の哲学理論における認識論上の相関関係に代えて、新たに「情動‐出来事」という対を現象性の根本構造として提起し、もっぱら現代フランス現象学の一派(中でもミシェル・アンリとジャン=リュック・マリオン)に由来する思想的リソースを活用しながら、その理論的射程を把握しようとするものである。ここでの探究は、出来事の受容が情動をその特権的な対応項とし、情動を通してこそ初めて出来事が出来事として「意味」をなすという発想が出発点となっている。 当該年度は、大きく分けて以下二つの分析を軸に、この情動‐出来事の相関関係へとアプローチしている。①アンリによるショーペンハウアー読解およびニーチェ読解を手がかりとしつつ、情感性概念の豊穣な可能性に基づいて「情動(affect)」面の解明を前進させた。「『精神分析の系譜』再読(1)──ショーペンハウアーとニーチェをめぐって」をテーマとしたシンポジウム内での発表「苦しみから共苦へ──生の現象学と意志の哲学」、また、「ショーペンハウアーの新世紀」をテーマとした国際会議での発表「In Search of the Essence of Life: Henry’s Reading of Schopenhauer」はとくにこの側面の分析に専心したものである。②入稿済みの論考「異端表象の哲学的利用」では、異端思想を包含した新たな宗教史理解の手法を導きの糸としつつ、エルンスト・ブロッホの大胆な異端解釈・宗教理解と彼の固有概念である「新事象(Novum)」というモチーフを検討する中で、「出来事(event)」論の増強を図ると同時に、それが必然的に情動の問題と接合されざるを得ないことを強調している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画では、研究テーマとなる相関関係について片方の側面である「情動」のみを分析の対象とし、その分析結果を踏まえたうえで次年度に入ってから、対応する「出来事」の問題を集中的に扱う予定であった。とくに前者の分析に際してはアンリの情感性概念を一貫して参照しているため、これとの対決が不可避となるが、その課題に関してはこれまでの研究蓄積や他の研究プロジェクトとの連携もあり、順調に進んだものと思われる。 予想外の進展としては、ブロッホ読解を通じて他方の側面である「出来事」の論系にまで踏み込むことができた点が挙げられる。本年度は、ブロッホがベンヤミンの(反)歴史観(「歴史を逆なでする」手法)との接近において、諸宗教における、あるいは諸宗教による歴史の中に断絶や反転の契機を見いだし、それを新たな出来事(新事象)の到来として受け止めていることに着目した。そこには当然ながら一定の情動性が伴う。こうした一連の議論を有機的な仕方で「(出来事的ではない)出来事論的な」問題設定に組み込むことが、今後の進展にとってカギとなるだろう。
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今後の研究の推進方策 |
次年度からは、「情動‐出来事」相関の具体的な有効性を検証すべく、宗教現象の分析を試みる予定である。これはもともと最終年度に位置する議論であったが、本年度の研究を顧みる中で、予定を少しでも早めて着手する必要があると分かった。マルディネは主として精神病理学と美学の領域を素材としつつ、自らの出来事論を展開していたが、これに対して本研究では、聖性や神性をはじめとする範例的な宗教性を素材としつつ、相関の有効性を確かめることになる。これによって、神学や神話学による解釈とは異なる仕方での聖性理解が可能となることが期待される。出来事の概念を踏まえたマリオンの議論だけでなく、武内義範がその宗教論の中で提示した「非日常的事件」という考え方を援用し、それを情動面から裏付ける形で当該相関の意義を確定したいと考えている。
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