研究課題/領域番号 |
19K00046
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研究機関 | 東京都市大学 |
研究代表者 |
山本 史華 東京都市大学, 共通教育部, 教授 (20396451)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 生命倫理 / 褻 / 日常 / 脳死 / 臓器移植 / 安楽死 / 尊厳死 / 民俗 |
研究実績の概要 |
本課題は、「日常=褻」の観点から生命倫理学の諸課題に切り込み、それらの課題の背後に控えるエートスの摘出を試みるものである。 本年度はその一環として、終末期医療における意思表示の問題、特にACP(Advance Care Planning)のあり方の研究を行った。ACPは患者本人の意思だけではなく、患者、家族、医療関係者の対話の中での意思決定、つまり共同意思決定から生まれた考え方であり、そのこと自体は否定されるべきものではない。しかし、ACPの遂行にあたっては、ACPでは決められないこともあるということを意識する必要がある。例えば日本医師会がACP普及のために発表しているリーフレットによれば「患者さんが大切にしたいこと(人生観や価値観、希望など)」を話し合うことが大切だと説かれているが、人生観を改めて問われて即答できる患者は多くはないだろう。というのは、人生観や価値観というものは単に個人が形成するものではなく、患者が生きている時代や地域、あるいは患者が信仰する宗教、つまり、一言で言えばエートスとの相関において形成されるものだからだ。現代は特に、その背景となるエートスが多様化し、同時に捉えにくい時代であり、そのような時代に個人の人生観ばかりを問い詰めるのは無いものねだりではないか。要するに、ACPでは決められないケースも多々あるということだ。以上の問題点の指摘を、2021年秋に行われた第40回日本医学哲学・倫理学会大会の医哲カフェ「コロナ禍のACP」において発表をした。 また、死の定義や脳死臓器移植がなぜ問題となるのかを、薬学の学生向けにわかりやすく解説する機会を得たため、本研究のこれまでの成果を反映させながら、『新版 薬学生のための医療倫理』(丸善出版)のなかの「死の定義」「脳死と現代医療における死の意味」「臓器移植は許されるのか」の節を執筆した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
最大の理由は、コロナ禍である。コロナ以前と以後を比較すると、明らかに本務校での仕事量が増えており、研究に割くための、まとまった時間がほとんどとれなくなった。また、昨年同様に、情報を収集するための貴重な場である所属学会がすべてZoom開催となり、学会員と対面による情報公交換の機会が失われた影響もかなり大きい。Zoomというツールは、参加者が物理的に何処にいようが参加できることは強みであり、目的が限定されている会議には最適なツールでもあるが、本来の人間同士のコミュニケーションには目的外の、いわば余白のような行為の方がむしろたくさんあり、そういった目的を限定しない行為によって研究のアイデアや研究の協力体制はできていくものなのだということを痛感した。哲学・倫理学の研究は個人研究が中心であるが、それでもなお関心を同じくする人たちとの対話が研究推進の潤滑油としては必要であり、それが失われたために研究が遅れたのだと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
徐々にではあるが、コロナ禍もおさまりつつあるように見受けられる。また自分自身もコロナ禍での日常生活にだいぶ慣れてきたため、ペースは遅くとも少しずつ研究を進めていくつもりである。 今後の研究は、安楽死の背後に控えるエートスを的確な言葉で表現する論文の執筆を目指したい。もう少し具体的に述べると、安楽死そのものの是非を問う以前に、そもそもなぜ人は死にたいと決意するのか、安楽死の決意に向かわせる価値観・道徳観とは何か、また伝統的な宗教はそのような価値観に対して、肯定するにせよ否定するにせよ、どのような裏付けをしているのかを探ってみたいと考えている。そのためには死に関わる古典的な文献の読み込みとまとめはもちろんのこと、さらには伝統的宗教や古代哲学、日本思想などを専門とする研究者との情報交換が必要不可欠であると考えている。今後は対面式の学会も復活していくと思われるため、積極的にそれらに参加し、各種専門家と対話を重ねていく方針である。 このような地道な研究が、将来日本で安楽死導入の是非を国レベルで議論する際に、きっと参考になると考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
最も大きな理由は、前年度同様、コロナ禍により学会出張などの旅費の支出が一切なかったことである。また、対面による専門的知識の提供も予定されていたが、緊急事態宣言と蔓延防止法の適用が頻繁に繰り返される中で、専門的知識の提供者を呼ぶと、そのことでコロナ感染などのリスクが生じてしまうため、断念せざるを得なくなった。結果的に、人件費・謝金も一切生じなかった。そのため、当初三年で終了するはずの本研究を一年延長することで研究を継続することにした。 今後の使用計画としては、対面式の学会が復活する兆しがあるので、それらには積極的に参加して情報収集に努めると同時に、できれば専門家から専門的知識も提供してもらって研究を進めていきたい。しかし、新たなコロナ株の出現などにより、出張などができない場合は、文献を読み込む研究を充実させるために書籍購入が支出の中心になる予定である。何れにせよ、最終年度として何らかの論文発表につながる研究を継続していくつもりである。
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