本課題は、「日常=褻」の観点から生命倫理学の諸課題に切り込み、それらの課題の背後に控えるエートスの摘出を試みるものである。生命倫理学の中心的課題とされる脳死にせよ、安楽死にせよ、それらは自然死を前倒しにする点では共通している。ならば、真に問題とすべきは、何故自然死を前倒しにすることが許されるのか、前倒しにして善いとする判断はどのような価値観や死生観に支えられているのか、を明確にすることだろう。 以上の目的達成のために、2019年度にはシンポジウム「生命倫理の背後にある生・死・死後の観念」を東北哲学会で企画した。2020年度は、上記の内容を論文「死の前倒しに先立って考察すべきこと 脳死と安楽死に関わる日本的エートスをめぐって」として『MORALIA』にまとめた。2021年度はACPを主な研究対象とし、日本医学哲学・倫理学会のイベント「コロナ禍のACP」において発表をした。 2022年度は、各宗教における死の位置づけ、また死後の捉え方、そして自然死を前倒しにすること(自死や切腹なども含む)を正当化する根拠を探るべく、仏教、儒教、キリスト教などの、基礎的な文献の読み込み作業を行った。しかし、莫大な量があり、また自らの知識の限界と読み込み訓練の不足も手伝って、まとめに相当の時間がかかり、論文を発表することはできなかった。 そのような中、積極的安楽死の世界的状況および日本の現況と今後の展望について、アメリカの新聞社The New York Timesから取材申し込みが入ったためそれに応じた。その取材記事は2023年2月13日のトップ面に掲載された。その反響は実に大きく、ロシアのテレビ局NTVのニュース番組「セントラルテレビジョン」からも日本の高齢化社会と安楽死についての取材依頼が入り、動画で出演を果たした(2023年2月18日放映)。これらには本課題での研究成果が反映されている。
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