研究課題/領域番号 |
19K00068
|
研究機関 | 国際仏教学大学院大学 |
研究代表者 |
田戸 大智 国際仏教学大学院大学, 仏教学研究科, 講師 (10726847)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 論義 / 三論宗 / 密教 / 大乗義章 / 東大寺 / 寛信 / 真空 / 頼瑜 |
研究実績の概要 |
本年度の研究成果は、①「東密教学と南都教学―三論宗との関係を中心に―」(龍谷大学アジア仏教文化研究叢書13『日本仏教と論義』法藏館、2020年2月)と②「身延文庫蔵「大乗義章第九抄末」所収「一乗義」翻刻」(『日本古写経研究所研究紀要』第5号、国際仏教学大学院大学附置日本古写経研究所、2020年3月)にまとめられる。 ①では、東密新義教学を確立した頼瑜(1226~1304)が師であった真空(1204~1268)より密教だけでなく三論教学、特に『大乗義章』を積極的に受学した点に先ず着目し、真空が遁世する以前に出仕した「法勝寺御八講」で『大乗義章』を論義の対象として取り上げていたことを指摘したうえで、院政期に高揚した三論宗における『大乗義章』の修学が、真空や頼瑜にまで継承されていたことを明らかにした。更に、頼瑜が談義の励行や「愚草」(論義草)の編纂により新義教学の充足化を進める過程で、真空が南都と東密をつなぐ結節点のような役割を担ったことを具体的に論証した。すなわち、本稿は、頼瑜と南都の思想的関連性について、真空―頼瑜の師弟関係に焦点を絞り、東大寺所蔵の論義資料を用いながらはじめて実証的に研究した成果であると言える。 ②では、東密勧修寺流の祖である寛信(1084~~1153)が東大寺などで行われた『大乗義章』関連の論義を取りまとめた身延文庫蔵「大乗義章抄」13帖の中、「第九抄末」に含まれる「一乗義」を翻刻した。本翻刻の意義として注目すべきは、東大寺新禅院の聖然(?~1312)が一部書写した、三論宗に関する論題(225題)を集成した東大寺図書館蔵『恵日古光鈔』10帖に、「一乗義」からの引用が見出されるという点である。この事実は、東大寺にて「大乗義章抄」が参照されていたことを示唆するものであり、それは必然的に東大寺で三論教学を学んだ真空との関係も想起される点で重要であると言える。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、①東大寺などに所蔵される三論宗関連の論義資料を主に使用して、院政期以降の三論宗でどのような教学上の問題点が議論されたのか、②鎌倉以降に東密新義学派が論義を主軸に教学の充足化を進めるうえで、南都教学、特に三論宗の論義がどのような影響を与えたのか、という2点を実証的に解明することにある。 この2つの課題を考究するための基盤となるのは、身延文庫蔵「大乗義章抄」13帖をはじめとする『大乗義章』関連の論義資料である。そのことは、院政期以降に三論宗と密教(東密学派)の兼学が積極的に推し進められる中で、『大乗義章』が吉蔵(549~623)の著作と同等に重視され修学の対象となり、それが必然的に東密教学の活性化を促す契機の一つとなったことからも明らかである。したがって、東大寺が所蔵する未開拓、あるいは概要しか知られていない三論宗関連の論義資料だけでなく、東大寺の宗性(1202~1292)が集成書写した『法勝寺御八講問答記』17帖(東大寺図書館蔵113函-27・28)や『維摩会問答記』9帖(同蔵113函-71)等の資料と『大乗義章』関連の論義資料を対比分析することが、上記の2点を究明するうえで有効な手段であると考える。 2019年度は、このような手段を用いて主に②の検証を試み、その成果を論文化した。更に、この研究で使用した『恵日古光鈔』10帖(東大寺図書館蔵113函-153)から身延文庫蔵「大乗義章抄」の引用が新たに検出されたことから、「大乗義章抄」の該当箇所の翻刻を行い、東大寺で『大乗義章』が修学されていた実態を具体的に明らかにした。 当初の計画では、②とそれに付随する翻刻を最終年度に執り行う予定であったが、論義を主題とする論集へ寄稿する都合上、初年度に研究を提示することになった。このように、研究計画の順序が入れ替わったが、研究はおおむね順調に進展していると言える。
|
今後の研究の推進方策 |
〔2020年度〕研究の推進のために以下のような具体的方策を計画している。 研究計画で初年度に実施する予定であった、東大寺の宗性(1202~1292)が集成書写した『法勝寺御八講問答記』17帖(東大寺図書館蔵113函-27・28)に収録される三論宗関連の論義を検出し解読する。本文献は、従来の論義研究で基礎文献として認知されてきた経緯があり、既に先行研究で(『南都仏教』77・1999)で天台論義と法相論義の究明が部分的に試みられているが、三論宗関連の論義への言及は見出せず、全体的な分析までには至っていない。したがって、この学究を推進することにより、先行研究で未解明であった課題を補完することができると考える。 本文献の複写は、昨年度に既に完了しているので、先ず複写資料にもとづいて三論宗関連の論義をすべて抽出し翻刻作業を行う。次に、抽出した三論宗関連の論義を身延文庫蔵「大乗義章抄」を含む三論宗関連の論義資料と対比検証することで、教理的な問題意識の特徴を精査する。なお、こうした方法にて得られた研究成果は、学会での口頭発表や論文発表などによって公表する。 この他、昨年度実施できなかった、名古屋の真福寺大須文庫が所蔵する、東大寺三論宗の憲朝(生没年未詳)がまとめた論義古写本の原本調査と身延文庫蔵「大乗義章抄」の再調査(不明確箇所の再撮影)を行う予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
2019年度は、当初の計画によれば研究を推進するための基礎作業である資料調査を3回行う予定であった。その内訳は、①東大図書館調査、②真福寺大須文庫調査、③身延文庫調査となる。この中、実施できた調査は、①東大寺図書館調査のみであり、他機関の資料調査は日程調整などが理由で実行できなかった。したがって、当初②③の資料調査のために計上していた旅費や複写費用などが剰余金として発生する状況になった。 2020年度は、①の再調査と②③の各機関所蔵資料の調査を改めて実施し、三論宗関連の論義資料を中心に複写を多数依頼する予定である。更に、昨年度購入しなかった、複写資料をデータ化し保存するための外付けハードディスクやデータ整理用のソフトを取得し、併せて研究に関係する日本中世仏教思想関連図書なども継続的に充足させていく計画である。
|