本年度の研究成果は、①「吉蔵撰『大般涅槃経疏』関連の論義について―東大寺図書館蔵『恵日古光鈔』を中心に―」(『印度学仏教学研究』71巻第2号)と②「身延文庫蔵「大乗義章第九抄末」所収「滅尽定義・二種荘厳義・二種種性義・証教二教義」翻刻」(『日本古写経研究所研究紀要』第8号)にまとめられる。 ①では、東大寺の聖守が三論宗関連の論義を類聚したとされる『恵日古光鈔』10帖の中、第7・8帖に所収される吉蔵撰『大般涅槃経疏』関連の論義に着目した。その理由は、第一に『涅槃疏』20巻が逸書であり、平井俊榮氏の先行研究を補う多数の逸文が引用されている、第二に三論宗の学僧が行っていた『涅槃疏』にもとづく論義をはじめて具体的に提示できる、という二点に集約できる。本研究の結果、第一の点では新たな逸文が34箇所検出され、平井氏が渉猟した逸文を補遺できる重要性を指摘した。第二の点では、『涅槃疏』関連の論義が珍海の著作類に遡求できる場合が多いことを確認し、宗性筆『法勝寺御八講問答記』にも収録されている事実を明らかにした。本稿の意義は、教学的視点から『恵日古光鈔』に検討を加え、特に逸書である『涅槃疏』に注目することで、その議論の内実をはじめて実証的に考察した点にある。 ②では、勧修寺法務寛信が『大乗義章』関連の論義を集成した「大乗義章抄」13帖の中、「第九抄末」所収の「滅尽定義・二種荘厳義・二種種性義・証教二教義」の4義科を翻刻した。「大乗義章抄」は、先の『恵日古光鈔』にも引用されていることから、両書を対照させながら継続的に研究を進める必要性がある。中でも、「滅尽定義」は19問が設けられ、その一部は上記の『法勝寺御八講問答記』に収載されていることが判明した。本稿の意義は、①の研究との関連から、三論宗にて『大乗義章』が重視され、南都北嶺相互で議論の対象となっていたことをより明確化した点にある。
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