研究課題/領域番号 |
19K00096
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研究機関 | 奈良大学 |
研究代表者 |
足立 広明 奈良大学, 文学部, 教授 (30412141)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 女性使徒 / 個の誕生と自立 / ジェンダー / 古代末期 / テクラ / キリスト教 / 文化変容 / エージェンシー |
研究実績の概要 |
2019年8月19日~23日に英国オックスフォード大学において開催された第18回国際教父学会(Eighteenth International Conference on Patristic Studies)において、同23日、次の題目で研究発表を行った。”I Baptize Myself in the Name of Jesus Christ". 本発表は、パウロからアウグスティヌスに至る古代末期の西洋における個の発見を女性たちもまた男性に平行して独自に行っていた可能性を男性使徒パウロと対等な女性使徒に成長したテクラの自己洗礼場面(聖書外典『パウロとテクラの行伝』以下『行伝』)に見出しうることを論証したものである。本発表内容はその後手を加え、厳正な審査を経て、学術雑誌Studia Patristicaに2021年掲載の運びとなっている。 2世紀執筆と目される『行伝』によると、小アジア、イコニオンの町の裕福な娘テクラはパウロの説教に従って婚約者と実母を捨てて旅に出るが、やがてパウロとも離れて一人闘技場で野獣刑に処せられることになる。このとき、テクラは誰の介在もなく、ただ神とイエス・キリストにのみ呼びかけて自らに洗礼を授ける。この自己洗礼を経てテクラはパウロと対等な女性の側の使徒として人々に宣教するに至る。この物語の形成については女性たちの口頭伝承に起源を求める研究者もある反面、男性教会指導層の布教プロパガンダの色彩も見逃せないとする見解もある。しかし、いずれにしても古代末期(4~6世紀)に至って彼女は女性たちの生きる模範として各地で崇敬されたことは事実であり、報告者はそこに伝統的な都市共同体の儀礼が衰え、絶対的な神の前の個人が認識された古代末期において、パウロからアウグスティヌスに至る男性たちだけでなく、女性たちもまた個を発見していた過程が見出せると考えるのである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度最大のイベントであった国際教父学会での研究発表を無事に終え、またそれを論文化して本研究分野では最もハードルの高い学術雑誌であるStudia Patristicaへの掲載も厳正な審査を経て許可された。8月の研究発表を前にしては、国内の研究会での発表も行い、総力で準備を整えて臨んだ。またその後の知見も加えて論文が精緻なものとなるよう、各種の史料を再精査して12月に論文を完成、投稿し、今春無事に審査をパスしたとの連絡を得た。(1)の当初の予測以上の成果を上げたとも評価しうるが、ただ3月のオックスフォード大学での資料調査は新型コロナウイルス拡大によりキャンセルしたため、(2)とした。
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今後の研究の推進方策 |
昨年の学会発表、論文の延長線上に本年も女性使徒テクラと同時代の女性聖人崇敬の拡大に関連して国際学会発表二本を計画していたが、いずれも当該学会自体が来年以降に延長となったため、現在計画変更を余儀なくされている。 発表予定論文のひとつはキリスト教の女性使徒であるテクラだけでなく、古代末期には女性哲学者ヒュパティアのように宗教の枠を超えて絶対的な存在と向き合う自己に気付く女性の成長が見られたことに注目するもので、オーストラリアのアデレードで7月開催予定の環太平洋古代末期学会に登録していた。多神教から一神教への変容の時代に、女性聖人の成長が宗教横断的に見られたことを確認し、その歴史的背景を分析する予定であったが、次年度に延期して発表を試みる。 発表予定論文の第2は9月シンガポールで開催予定であった環太平洋国際教父学会で、2世紀の聖書外典以降、4~6世紀にテクラ崇敬が地中海世界にどのように進展していったか、その広がりと多様性を再検証する試みであったが、こちらも次年度に延期する。 以上の延期の間、国内に留まらざるを得ないが、その間史料と研究文献の検証に努め、内容をより充実させ、将来的な著作にも発展しうるように内容を充実させる。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年8月の学会発表は所属機関の基金で渡航し、年度末3月にオックスフォード大学図書館において科研費による文献調査を予定していたが、このたびの新型コロナウイルス禍のためキャンセルせざるを得なくなったため差額が生じた。今回のコロナ禍の終息状況に応じて、再度本年度末に同大学図書館ないし相応する研究機関で文献調査を行うこととする。また、本年度キャンセル延期となった国際学会発表における渡航費用を次年度に用いる。
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