研究課題/領域番号 |
19K00100
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
廣瀬 浩司 筑波大学, 人文社会系, 教授 (90262089)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | メルロ=ポンティ / フーコー / ヴァレリー / 制度化 / 自然 / 芸術学 / フッサール / 記号 |
研究実績の概要 |
本研究は、現象学者メルロ=ポンティの「制度化」概念から出発して、その内在的な研究を深化させつつ、その拡張をめざすべく、身体・文化芸術・自然という三つの視点から、多様化する現代に意義を持つ概念として展開することを目指すものである。 (1)本年度の課題「文化的意味の生成と増幅の研究」については、塚本昌則東京大学教授と協働し、文学者ヴァレリーの芸術思想、とりわけそのImplexe概念に焦点をあて、フランス語論文としてまとめた(L’implexe comme cristallisation de l’impossible : la lecture merleau-pontienne de Valery) 。(2)また初年度の課題であったフーコー思想については分担著書『見えない世界を可視化する「哲学地図」』に寄稿した依頼論文としてまとめ、フーコーが「封印状」というテクノロジーにどのような身体性(そのパッションとロジック)を見いだしたかを検証し、フーコーの権力論を新たな歴史哲学へと展開させることができた(「無名の生と権力の語りーーフーコー「汚辱にまみれた人々の生」における「現実」の罠」) (3)最後に、本研究の全年度的課題であるメルロ=ポンティの「制度化」概念については、その『シーニュ』という論文集の精選訳を出版し、詳しい訳注と解題を付した。とりわけ「間接的語と沈黙の声」という論文は、制度化概念を身体、文化芸術、自然の領域に応用することを目指すものである。また「哲学者とその影」というフッサール論は、制度と自然の関係を問うために必須の文献であり、令和3年度の研究の基礎ともなるものである。この翻訳をとおして、「制度化」概念の意義とその応用を明確化するとともに、メルロ=ポンティ研究の土台を提供するとともに、広い一般読者へもこの研究の意義を知らしめることができた(『精選 シーニュ』)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、客員協力研究員となっている「立命館大学間文化現象学センター」との協働、そしてフランス国立図書館におけるメルロ=ポンティ草稿研究を予定していたが、コロナ禍のためフランス渡航が不可能になり、コレージュ・ド・フランス講義草稿の研究はできなかった。また前者の立命館大学加國尚志教授との交流については、センターを訪問することはできなかったが、オンラインで『メルロ=ポンティの美学』の著者川瀬智之氏の講演会(間文化現象学研究センター主催「川瀬智之氏講演会」、3月20日、オンライン)の講演及び質疑応答に参加し、制度化概念についての議論を闘わせることができた。 渡仏や直接の交流はできなかったが、そのかわり上記のように、本研究と直接結び付いた論文と翻訳を公刊できた。まず(1)のヴァレリーの芸術思想との関係については、「制度化」概念が絵画のみならず、文学においても大きな射程をもっていることを示すことができた意義は大きい。またヴァレリー研究者に「制度化」概念を提示することによって、ヴァレリー研究においてメルロ=ポンティを活用する動きを刺激できたと思う。(2)のフーコー研究においては、フーコーのテクノロジー論を検討することで、当初のもうひとつの研究課題であったシモンドンの技術哲学との深いつながりもみえてきたと思われる。またフーコーの「現実」概念を検討することで、社会的制度における「現実性」とは何かという問いが提起できたことの意味も大きい。(3)最後に翻訳・訳注・解題をした『精選 シーニュ』については、上記にすでに記した点のほかに、言語学、芸術論、文化人類学、現象学、自然学、政治学を横断する主題として「制度化」概念を考え直すために、たいへん有益であった。 このようにコロナ禍にもかかわらず、地道な文献研究と協働研究をおこなえたことで、研究をおおむね順調に進めることができた。
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今後の研究の推進方策 |
令和3年度の課題は、文化における意味生成の問いは、どのような新しい「自然」観へと結び付き、現代の文化や自然の危機にどう対処しうるのかということである。コロナ禍ゆえ、渡仏による調査は断念し、以下の文献調査と分析、そして問題提起をおこなう。 文化において真の創発が可能になるためには、その「根源的創設(Urstiftung)」(フッサール)に遡ることが必要だとメルロ=ポンティは考えていた。それは根源的受動性の場、「自然」と呼ばれる場への問いを要求する。それが身体知覚や文化的な遭遇を準備するような、動的なメカニズムであるという当初の仮説を検証していきたい。前年度の『精選 シーニュ』においてこの問題についての主要参考文献である「哲学者とその影」を翻訳できたが、その際にフッサール『イデーンII』の研究をおこなった。本年度はこの成果をまとめるとともに、ハイデガー、ベルクソンとの関係を検討する可能性も開けてきたので、それを実行する予定である。また「現実」概念は精神医学の「制度」を分析する際にもフーコーによって使用されていたので、それを踏まえ、当初の目的であった「無意識」の問題との関係も検討する。 こうした作業をとおして、本研究の最終的な問い、すなわち身体、文化、自然という三つの領域が、「制度化」という概念を中心に、どのように結び付いているかを、ミクロな事象から出発して具体的に示す。前記の言語学、芸術論、文化人類学、現象学、自然学、政治学との関係付けも問題として浮上したので、その問題にも可能なかぎり切り込んでいきたい。そうして従来の身体論、文化論や芸術論、自然哲学などには当てはまらない研究領域を切り開き、自然=文化の複合的諸システムの「危機」への処方箋を描く。
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次年度使用額が生じた理由 |
理由:コロナ禍により、渡仏できず、国立図書館での文献調査を断念せざるをえなかったこと。また、立命館大学間文化現象学センターへの出張、研究打ち合わせがオンラインに変更されたこと。 使用計画:オンライン学会への出席のために必要なパーソナル・コンピュータ購入による国内外の研究者との交流(現在のコンピュータでは不十分なため)
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