最終年度にあたる今年度において主な研究課題としたのは、1.ヴァルター・ベンヤミンの思想における「再帰性」のモティーフの検証 2.テオドール・W・アドルノによる表象不可能性をめぐる議論を、読者にたいするパフォーマティヴな効果から考察する作業 3.ジークフリート・クラカウアーとミリアム・B・ハンセンの映画理論を結びつける「ヴァナキュラー・モダニズム」の概念の理論的射程を、知覚という点から明らかにする作業 の3点である。 結果として明らかになったのは、1.ベンヤミンの初期媒質論や初期言語論に見られる「再帰性」のモティーフが、後期思想においては、テクノロジーを媒介とした大衆の自己省察というモティーフと、複数の時制を入れ子式に包含する「現在時」というモティーフとに受け継がれたこと、2.アドルノとポストモダン思想の双方が、アウシュヴィッツのように表象不可能なものを表象するという芸術作品が抱えるアポリアにとどまりつづけることを読者に要請していること 3.クラカウアーとハンセンの映画論において、映画メディアが、モダニティにまつわる日常的な経験を反映・媒介することで、観客大衆にオルタナティヴな知覚を付与するという機能をもつものとして位置付けられていることである。
3年間の研究を通じて明らかになったことを簡潔にまとめるならば、1.技術メディアを主題にしたフランクフルト学派の著作が、既存の社会体制のなかで覆い隠されたものを大衆に知覚経験させるという志向が共通して認められること、2.テクストの修辞的なレヴェルにのうちにも、読者にオルタナティヴな知覚経験をパフォーマティヴなかたちでもたらすような戦略的な工夫が施されていること、の二点である。
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