研究課題/領域番号 |
19K00105
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
高田 珠樹 大阪大学, 言語文化研究科(言語社会専攻、日本語・日本文化専攻), 名誉教授 (80144541)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ハイデガー / スローターダイク / 空間 / 人間生成 / 球体圏 |
研究実績の概要 |
昨年度は、一昨年度に着手し、やや滞っていたテクスト・データベース作成の作業のうち、スペルチェックなどの作業を行ない、主眼となるスローターダイクの三部作『球体圏』については、ほぼ目途をつけることができた。 助成を受ける研究の課題は、『球体圏』三部作を中心とするスローターダイクの著作で展開される空間論において人間が自然環境を人為的に擬制する者として捉えられていることに着目し、これを、ハイデガーの人間存在や技術に関する考察に照らし合わせ、ハイデガー解釈の新たな視点を得ることであった。関連する書物を読み進める中で、スローターダイクの言う「球体圏」は、単に自然界にあった人類の祖先が外界から身を守るために自らの周囲に防護柵を張り巡らせたというかたちで考えられているのではなく、そこに至るまでに、むしろ自然界、環境世界のニッチとしての安定性から逸脱した人間の祖先が、宇宙の「殺気」(das Ungeheuere)に直面し、これにたじろぐ形で、かつて自らが身を置いていた環境世界の安定性を疑似的に構成するところに球体圏が成立し、その限りで、この球体圏が人為的かつ技術的な環境であると考えられていることが見えてきた。スローターダイクの球体圏論におけるこの否定性の契機が判明したこと、また、これが場合によっては、ハイデガーの「不安」と通じるものであるという見通しを得たことは、驚きであるとともに収穫であった。 ただし、研究成果としては、すでに昨年度の報告で言及した、スローターダイクの球体論の意義を新型コロナウィルスによる感染症に連関して論じた一文の刊行(「さまよえる水晶宮」、『思想』6月号、岩波書店)以後、目に見える形で表現できたものはない。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
本来なら、この時期までに、対象となる書物のテクストデータ作成の作業を完了し、それらを読み込んだうえで、ドイツ語圏に住む原著者や研究者たちを訪ね、疑問点をただし、議論した上で、研究の完了に目途が立つものと期待していた。しかし、過去2年間のあいだに、申請時には想定していなかった依頼の仕事がいくつか寄せられ、その対応に追われたのに加え、とりわけ昨年春からは、新型コロナ肺炎の蔓延によって、渡航はほぼ不可能となり、また大学構内が実質的に立ち入り禁止となったため、学生のアルバイトによるテクストのファイル完成に向けた作業も自力によるもの以外はできなくなり、昨年度は、一昨年度以上に研究の進捗が停滞した。退職後も非常勤講師として担当する複数の授業がいずれも遠隔方式となって、その準備に追われることになった。いずれの授業も履修者が例年では考えられない数に達し、毎回試験を実施する方式を継続したが、通常の形式の試験では用をなさず、小論文を課す方式を取ったため、試験の実施や採点に現役時代よりも多くの労力を要したことも、研究進捗が妨げられる要因であった。一方で予定していた旅行や謝金の支出がなくなったこともあって、予算的に余裕が生じたため、大変な読書家であるスローターダイクが言及する文学や現代芸術、歴史学、社会学、都市論などに関わる著者たちの書物を購入し、並行してこれらを読み進める、乃至は参照することができた。 主眼とするハイデガーやスローターダイクの著作の読解はひとまず進んでいるが、昨年度は、発表や論文執筆というかたちで成果の発表に至っておらず、この点も含め、当初の目標からは大きく遅滞しており、助成期間の一年延長も視野に入れながら、今後の研究を継続したい。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの期間での研究が進捗していないことから、一年間の延長を見込んでおり、その上で本年度の計画を立てている。 本年度は、研究対象となっている書籍についてこれまでに作成したテクストファイルにページ番号など付す作業を完結させ、実用に耐える形に整備するつもりである。さらに、それらをあらためて読み込み、現在、おおむね描いているハイデガーとスローターダイクのそれぞれの技術論、空間論と両者の関係についての構図を一層明確なものとすることを期したい。今年度については、少なくとも現時点では、昨年度と異なり、学生の大学構内立ち入りが禁じられておらず、アルバイト雇用等に支障を来たさないと予想されることから、テクストデータに関わる作業の進捗が期待できる。 一方で、ヨーロッパ現地に著者・研究者を訪ねて議論することについては見通しが立たない。一年間の延長が認められても次年度が最終年度となることから、その時点での渡航を研究成果に反映させることの困難や助成期間での研究の総括を考えると、できれば今年度中に一度、訪問したいが、新型コロナ肺炎の蔓延状況に加え、先方の事情や意向など、現時点では不確定の要因が多く、今後の事態の推移を見守るしかない。年度後半には今後の方針を確定し、仮に助成期間中での渡航を断念せざるをえない場合、当初、研究の直接の対象としていなかった、比較的後期のスローターダイクの著作のデータベース化などを含め、資源を少し違った形で活用することを考えたい。スローターダイクについては、世界的な関心の高まりに比して、日本では専門的な関心を向ける研究者が現時点で他にはほぼ皆無に近いことから、年譜や書誌目録など、今後の我が国の研究に貢献できる形で資料の整備を進めることを検討している。また今年度後半か次年度にこれまでの考察を論文の形で纏めて公表するつもりである。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度は、一昨年度に引き続き、申請時に想定していなかった仕事の依頼のせいで、研究そのものが停滞したのに加え、新型コロナ肺炎の蔓延によって、予定していた渡航も不可能となり、また国内の学会や研究会もすべて遠隔方式となったため、旅費の支出は皆無であった。人件費として計上していた学生のアルバイトも、構内への立ち入りが禁じられたことで対面での指導や監督を前提とした形で依頼することができず、自分ひとりで作業を多少なりとも進めるほかなかったため、人件費の支出はなかった。一方で、研究対象の範囲を当初の予定よりも広げたことによって書籍等の購入が増大したが、残額は比較的抑えられた。本来なら、今年度は研究助成の最終年度として研究成果を纏めるべき段階であるが、研究が停滞していることから、一年の延長を視野に入れ、アルバイト雇用によるテクストデータベース作成の作業を促進したい。一方で、コロナの完全な終息は当面、期待できそうにないことから、渡航の可能性については、楽観できない。今年度中に渡航が実現しない場合、スローターダイクについて、予定していた研究に加え、詳細な年譜など、自身を含め今後の国内の研究に貢献できる資料の作成に着手し、旅費として想定していた経費をそのアルバイト雇用に当てたい。
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