研究課題/領域番号 |
19K00105
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
高田 珠樹 大阪大学, 言語文化研究科(言語社会専攻、日本語・日本文化専攻), 名誉教授 (80144541)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 球体圏 / 人新世 / リベラル・デモクラシー |
研究実績の概要 |
今年度は、この科研費の支給開始以来進めてきたスローターダイクのテクストデータベース作成の作業を、アルバイト学生の協力を得てさらに推し進め、当初の予定になかったスローターダイクの主著『球体圏』三部作の英語訳もラフな状態ながら電子データ化することができた。まだ不完全であるが、球体圏の読解の上でドイツ語原文に加え、英語のデータもある程度、活用できるようになったことで、この難解で近寄りがたい著作にさらに分け入る手立てを得たと考えている。 スローターダイクの著作の読解については、今年度は、この『球体論』の検討に加えて、従来、申請者にとってほぼ未踏の部分に近かった2000年代後半の著作をいくつか読み進め、球体論以後のスローターダイクの思想的な展開の見通しを一定程度つけることができた。それを基に、本年5月に刊行される岩波書店刊『図書』の6月号に短文ながら「歴史の終わったあとに」と題した一文を掲載予定である。 そこで取り上げた『憤慨と時間』(2006年)は、2000年代後半以降のスローターダイクが具体的な政治状況への発言が顕著になるきっかけとなった書物で、フラ今シス・フクヤマの『歴史の終わり』の中の気概(テュモス)の概念が検討され、リベラル・デモクラシーが現代世界で存続しうる可能性が主題となっている。これについて一文を纏めたものだが、その初校が出たあとロシアのウクライナ侵攻という事態が発生し、これに対応して原稿に相当、手を加えることになった。思いがけぬ形で主題が現代世界の問題に直結することを感じさせられた。 申請期間内に、課題に関する綿密な検討を伴う研究論文を執筆するという当初の目的は果たせないでいるものの、一昨年に公表した「さまよえる水晶宮」(2020年『思想』6月号)に続いて、スローターダイクについて比較的わかりやすい形で、その思想の輪郭や方向性を示せたと考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初、申請した三年間が経過した。予定では、ハイデガーとスローターダイクに関する自身の研究を支えるデータベースを構築する一方、この期間内に両者の関係性についての纏まった論文を執筆し発表するつもりでいた。 1年目は少々悠長に構えていたのに加え、以前から従事していた『フロイト全集』索引巻の刊行に向けた作業に労力を取られ、研究がしばしば中断された。索引巻は2020年2月に刊行され、助成の主題の研究を本格化させようとした矢先、新型コロナ肺炎の世界的流行が始まり、海外渡航の実質的な禁止や、大学構内への立入りの制限といった事態が発生し、ドイツでスローターダイク本人や研究者と意見交換する、あるいは学生のアルバイトを活用してテクストデータベースの構築に向けた作業を進めるといった当初の予定は遂行不能となった。元の勤務先で非常勤講師として継続する授業も遠隔方式となる中、授業の水準維持に努めたことも予定外の負担となった。2年目は研究遂行の中心となる時期と想定していただけにこの障害は大きな痛手であった。 3年目となる今年度は、事態はある程度緩和されたものの、海外との行き来は今に至るまで困難で、訪問を考えていた先方の研究者たちも高齢であるのを考えると、この点での事態の改善は当面期待できない。 データベース化の作業は、個人的にもそれなりに進める一方、アルバイト学生の協力を得られたことで、ある程度、後れを挽回できた。 本来の助成期間が過ぎ、1年間の猶予をもらっているが、その期間のうちに当初の構想通りの結果を出すことは困難である。一方で旅費やアルバイトに想定していた額でこれまで研究の中核となる資料だけでなく、関連する書籍も購入し、また、データベース化の作業もひとまず順調に進捗してきたことから、今後、それらを活用し、助成期間経過後の研究の推進に活用したいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
スローターダイクの思索とハイデガーの関係性の考察については、長期的な視野に立って進めていきたい。一年間の猶予を認めてもらったが、この期間内に本格的な論文の発表は難しい。自分の研究が遅滞したことも事実であるが、当初、構想した研究課題は、始めてみると思いのほか遠大であったのは事実である。また、当初、ハイデガーの世界内存在とスローターダイクの球体圏の関係性を明らかにすることに主眼を置いていたが、最近は、もう少し後期のスローターダイクによる政治や宗教に関する著作に関心が広がっている。 申請者にとって前回、科研を交付されたのは、フロイトのデータベース構築に関して2004年度から2005年度にかけての時期であったが、これも、申請期間内には、対外的な形で発表できる成果には繋がらなかったが、これによって整備したフロイトの著作や関連テクストのデータベースは、その後、一昨年、索引巻刊行によって完結した『フロイト全集』の編集や索引巻の作成、現在、進行中の文庫本での選集の編集などで、交付から約20年近く経った今も活用されている。 同様の役割を今回の助成で作成したスロタ―ダイクのテクスト・データベースにも期している。データベース化の作業自体は昨年来それなりに順調に進捗した上に、スローターダイクの著作や必要と思しき関連書籍も現在の時点で考えられるものはおおむね購入することができた。これらを科研費の助成期間を越えて活用し、今後、本邦におけるスローターダイク研究の礎を築きたいと考える。当面は、『球体圏』と『資本の内部空間の中で』、さらにハイデガーとの関連では、『救われず』を中心にその読解を進め、できればこれらのいずれかの翻訳の刊行と合わせ、概説書の発表などを考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究が全体として進捗が遅れたのは事実である。コロナ禍により、さまざまな形での行動制限のあったことが、支出の減少につながっている。とりわけ、国外の出張はもとより、国内でも研究会や学会が遠隔方式で開催されているため、旅費の支出が現在まで全くないことが最大の要因と言える。また、昨年度は、学生のアルバイト雇用も、一切、実施できなかったことも、人件費の支出が少ないことの大きな要因である。大学構内への立ち入りが制限されている間、アルバイト雇用によって進めることを想定していた作業のかなりを自身の作業によって補ったことで、作業のそれ以上の停滞を防いだが、海外への渡航に関しては今後、近いうちに状況が好転することは考えにくい。このため、研究主題に関連する書籍の購入を進め、また蓄積したデータ(テクストや画像、関連するウェブサイトの動画)などの保存のために、バックアップ分も含め、保存媒体の購入などを進め、助成終了後の研究継続の体制の確立に努めたい。
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