研究実績の概要 |
最終年度は、研究課題の対象コーパスである集団的著作としての『百科全書』そのものから、『百科全書』の編集長を務め、いわゆる百科全書派の代表的なフィロゾフ(啓蒙思想家)として活躍したドゥニ・ディドロ(Denis Diderot, 1713-84)の個人著作に焦点を移動し、『百科全書』の様々な科学・哲学項目に見られる思想がディドロの個人的な信念としての唯物論思想とどのように連関しているのかを探る試みを行なった。 具体的には、ディドロが1750年代初頭から1760年代末にかけて執筆した『自然の解釈について』、ソフィー・ヴォラン宛の書簡、『ダランベールの夢』という、ジャンルも形式も異なるテクスト群を読み解く作業を通じ、物質は無生物から生物の状態へ移行し得るのではないか、あるいは、人間や動物の生から死へ、死から生への移行は、元から生命を備えた有機分子の永遠の分解と結合によって説明できるのではないか、といったディドロに特有の唯物論的な「逆説」、科学的仮説の数々が、数学者・物理学者ダランベールが担う数学的・力学的な世界観に抗うかのように繰り返し生起する様子を見届け、その成果を論文として発表することができた。 研究期間の全体を通じ、上記の最終年度の論考の他に、『百科全書』において、アリストテレス主義が検閲を掻い潜るための「合法的な」哲学的言説としての役割を果たしたこと、「新哲学」としてのデカルト主義の栄枯盛衰の歴史を叙述する『百科全書』の言説にそれに取って代わる啓蒙思想の進歩をアピールする意図が込められていること、『百科全書』におけるディドロの無署名項目の認定基準には未だ余白が見られること、『百科全書』に頻出する証明・演示の概念が科学の哲学的啓蒙を意図する百科全書派の科学観を反映していることなどを、論文として公表することができ、概ね研究計画通りに有益な成果を挙げることができた。
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