本研究は、旧約聖書の中で男女の恋愛を歌った異色の書『雅歌』を神との神秘的合一への道行きの書として高く評価するオリゲネス出自の解釈伝統が、いかなる神学的、哲学的影響の下にどのような変容を被ったかを、古代末期の哲学諸学派とギリシア教父双方の文献において、自己への配慮、欲求の訓練、身体の使用という観点から検証・考察することを目的とする。研究最終年度にあたる2021年度は以下の2種の研究活動を行った。 ①オリゲネスからグレゴリオスに至る『雅歌』解釈の伝統をプロティノスから偽ディオニュシオスに至る神秘思想の文脈から再考することによって、東方教父思想において周知の否定神学的系譜とは異なる「愛と欲求の力による神との合一」思想の系譜として新たに跡づけ、神の本性よりもむしろその力と働きに着目した力動的な神学解釈の構想を試みた。 ②前年度までの研究成果を踏まえて、絶えず欲求を訓練し身体を使用する非実体的な主体をみずからの自己を配慮し続ける力動的な生の超越論的源泉として哲学的に立論することによって、グレゴリオス『雅歌講話』を中心としたギリシア教父文献の新たな解釈としてのみならず、一般思想史における教父思想の位置付けをも刷新する契機としてその展望を試みた。 以上、いずれの研究においても、従来からの少なからぬ優れた研究を吸収した上で、数多くの一次文献を本研究に固有な観点から新たに綜合的かつ体系的に読み解いていくことができた。その限りで大いに意義ある成果を得たものと思われる。
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