本年度は、現代の文化理論、および美学・芸術学的観点を重視した現代哲学の議論を精査し、そこにおいてノスタルジーがどのような近代的機能を帯び、またさらなる近代化(ポスト近代)向かうために、その表象装置がもたらす利点と不利益とを確認した。 具体的な成果としては、早稲田大学で開催された表象文化論学会における研究パネルにおいて「個の救済とポップなもの」という発表を行い、脱歴史化されたポストモダン的高度資本主義社会において表れている存在と美の様式について、それを「ポップなもの」として扱うことに伴う文化的意味と、そこにおいて切断されるノスタルジー的要素との関係を考察した。 もうひとつの成果は、雑誌『現代思想』に掲載された宮崎裕助、千葉雅也、両氏との鼎談がある。ポストモダンを再考するという企画趣旨のもと進められた本鼎談においては、1960年代以降欧米から発して日本にも学術的にも文化的にも大きな影響を与えたポストモダンとその哲学を歴史化することの意義が検討され、とりわけその動向がたとえば80年代ノスタルジーを形成しないために、それらにどのような学術的展開を与えることが必要であるかなどが議論された。 執筆されたものとしては、『啓蒙思想の百科事典』に、「理神論」および「小説(フランス)」を執筆し、近代初期における信仰と理性の関係、および近代的個人における内面性の発達と言語表現の関係などを精査し、執筆内容には直接反映されるものではないが、こうした要素が同時代におけるノスタルジーの発生を促した一因となっていることが確認できた。 いずれの成果においても、本科研による文献調査や考察がベースになっており、一連の研究を通じた執筆が、その論文化・書籍化を目的として進められている。
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