本研究は、19世紀ドイツの音楽における室内楽のレパートリーを整理し、その理念的な位置づけを試みるため、「新ドイツ派」を端緒に調査を計画した。しかし、研究期間がコロナ禍と重なり、楽曲を含めた一次資料の探索をドイツに滞在して行う計画は変更を余儀なくされた。 そこで、理念的な問題に焦点を絞り、従来は室内楽のレパートリーが少ないと見なされてきた「新ドイツ派」の実態、とりわけ「派」としてのまとまりや活動傾向の精査を始めた。そこから、音楽史記述における「楽派」の概念と、「新ドイツ派」の理念および音楽活動が政治的に結びつけられていることが明らかになった。 最終年度には、これら研究成果を2つの国際学会で発表し、聴講者とのディスカッションの機会を得た。国際音楽学会アテネ大会では、「派」を名乗らない音楽家集団と「楽派」の違いが討論のテーマとなった。また、国際音楽学会東アジア部会全州大会では、地名と「楽派」の結びつきの多様な在り方について助言が得られた。 本研究課題が当初に予定していた計画の中では、全独音楽協会 Allgemeiner Deutscher Musikverin が開催する音楽家集会 Tonkünstler Versammlung で演奏された室内楽作品のデータベースを作成が完了した。本課題の研究期間中である2021年に、J. Neubauer らによる包括的な目録が公開されたため、1901年までの室内楽の演奏会に対象を絞り、その他の演奏会の全体像は先行研究から把握することとした。本データベースより、J. ブラームスの室内楽作品が存命中だけでなく死後も繰り返し取り上げられていることが明らかになった。従って、従来の見方、すなわち19世紀の音楽家の激しい対立や党派的な振る舞いについて再検討の余地があることが分かった。
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