研究課題/領域番号 |
19K00153
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研究機関 | 京都工芸繊維大学 |
研究代表者 |
井戸 美里 京都工芸繊維大学, デザイン・建築学系, 講師 (90704510)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 屏風 / 和歌 / 名所 / やまと絵 / 名所歌集 / 洛中洛外図 |
研究実績の概要 |
かつて平安時代の寝殿造の空間を飾っていた屏風や障子・襖に描かれた絵の多くは和歌に詠まれることを前提としていた。本研究では、絵と言葉の双方により風景を描き出してきた「屏風歌」の伝統が室町時代の障屏画に濃厚に受け継がれていた可能性について検証するもので、それらが本来置かれていた建築空間やそこで行われる儀礼や行事の場において果たした役割を再考することを目指している。研究対象の屏風絵や襖絵は、和歌や漢詩などの言葉の世界を内包していると考えられる、四季折々の花鳥を描く花鳥図や歌枕の世界を描く名所絵である。 2019年度は、一見、和歌の世界とは切り離されているように思われている都を描く「洛中洛外図」の構想においても、名所の風景を喚起する要素としての歌枕が、依然として不可欠な存在であった可能性について報告した(建築学会都市史小委員会での口頭発表、および、『アジア遊学』246号)。一六世紀初頭に成立した「洛中洛外図屏風」の風景は、連歌師によって整理・編纂された名所和歌集にみられる同時代の名所観(再編された歌枕や方角への意識)と通底していることを指摘した。このような都を地理的な方角を意識しつつ伝統的な歌枕の世界も包摂する都の表象は、「洛中洛外図の終焉」とも言われてきた洛外を中心に俯瞰的に描くようになる江戸時代中期において再燃していく。吉川史料館蔵「洛中洛外図屏風」には、これまでも同時期に出版された京都の大絵図からの影響が指摘されてきたが、ここには、そのような実際の地理的な考証に加えて、江戸初期に刊行された地誌や「名所記」に書き込まれた歌枕の世界観によって更新されていったことが想定される。規範的な歌枕を集めた名所和歌集が後世に再編される過程のなかで、古来の名所観が継承あるいは刷新され、そのことが「都」をめぐる絵画表現に新たな枠組みを与えたと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度は、和歌と関わりの深い絵画作品のうち、特に名所の風景という観点から考察を行ったため、名所を規定してきた名所歌集の収集と分析に加え、記録に見える名所歌集の編纂事業を整理することができた。さらに、一七世紀の状況も視野に入れ、初期名所記や地誌類と名所絵との関わりを考察を進めてきた。作品調査についても順調に進めることができ、吉川史料館蔵「洛中洛外図屏風」も公開に合わせて実見することができた。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度に引き続き、一六世紀から一七世紀前半頃のやまと絵屏風の成立を導いた環境を明らかにするために、現存作例の調査を進めていく一方で、同時代の文学作品や歌論集などとの比較を通して、主題・モチーフ分析を行い、さらには屏風絵の受容の場に光を当てることでその機能について考察をしていく。 和歌の表現と密接な関わりを持つ可能性のあるこのような時期の屏風や襖絵は、現存していたとしても、もともとあった建築空間から切り離されて国内・国外を問わず、あらゆる美術館に所蔵されている。今年度も名所絵や花鳥画を中心に現存作例の調査に基づく考察を進めていくが、移動を伴う作品調査が叶わない状況が続く場合には、室町期の『看聞日記』『実隆公記』などに散見される屏風絵や襖絵に関する記録の再検討を集中的に行う予定である。近世以前の文献を多く所蔵する京都の歴彩館、東京大学史料編纂所、国会図書館へは、助成期間を通して閲覧や資料収集を行う必要がある。 調査結果と研究成果については、来年度中くらいまでには、「名所」に関する本の編集を計画しているため、国内外の学会やシンポジウムでの口頭発表、学会誌への投稿を行う予定である。今年度は、Association for Asian Studiesのアジア大会にて口頭発表を行う。さらに、来年度に延期されたベルギーで開催される日本研究に関する国際学会European Association for Japanese Studiesにこれまで共同研究を行ってきた研究者たちとともにパネルを組んで発表を行う。
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