かつて平安時代の寝殿造の空間を飾っていた屏風や障子・襖に描かれた絵の多くは和歌に詠まれることを前提としていた。本研究では、絵と言葉の双方により風景を描き出してきた「屏風歌」の伝統が室町時代の障屏画に濃厚に受け継がれていた可能性について検証するもので、それらが本来置かれていた建築空間やそこで行われる儀礼や行事の場において果たした役割を再考することを目指している。研究対象の屏風絵や襖絵は、和歌や漢詩などの言葉の世界を内包していると考えられる、四季折々の花鳥を描く花鳥図や歌枕の世界を描く名所絵である。 2022年度は2021年度に考察を行った室町時代中期の伏見宮貞成による『看聞日記』にみえる室礼に関する記事のなかで特に「会所」や「導場」と呼ばれている室礼において、屏風とともに本尊となる掛幅がいかに設えられているのかを確認した。日記には、三幅対と具足などの仏教的な室礼の詳細が記録されるが、儀礼の性格に応じた本尊の位置や選択のみならず、本尊の保管や紛失をめぐる記録を分析することによって、室町時代中期における公家住宅における本尊空間のあり様を考察した。さらに同日記において描かれる行事の場の分析も引き続き行うことによって、人々の集まる空間として「庭」を取り上げた。茶会や演能の折などには、行事を行う室内とともに南に広がる庭園までを含む一連の空間のなかに舞台や桟敷などが設置され、行事の参加者だけでなく「庭」という境界を通してそれらを見物する群集の参与が一定程度認められたことを確認した。
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