最終年度は、1910年代の『親爺教育』のエピソードおよそ2000話のリスト作成について加筆修正を行いつつ、この時代の『親爺教育』のマンガ史的な特徴についてまとめ、口頭で発表した。 『親爺教育』の主人公ジグスは、1913年の連載開始当初は幾分か伝統的なアイリッシュ・アメリカン表象、つまり「教養がない」「粗暴」「酒や煙草を好む」といった人格を備えており、またその外見は猿のような顔(これも従来のアイリッシュ・アメリカン表象)であったが、ほどなくして絵柄のある種の抽象化により外見が猿顔から離れ、上流階級に対して反抗的な、時にトリックスターのような主体へと変貌した。またジグスの妻マギーについても、連載開始当初は「社会的な地位の向上に意欲を燃やす」「服装や調度品を華美なものにする」といったこれまた伝統的なアイリッシュ・アメリカン表象の人物として存在し、思い通りにならない夫ジグスに落胆してばかりであったが、1915年頃から反抗的な夫に対しついに業を煮やしたためか、自らスラップスティックのプレイヤーとなりジグスに物を投げつける人物へと変化した。 端的に言えば、1915年頃を境として、『親爺教育』はそれまでのアイリッシュ・アメリカン表象を資源とするマンガから、固有の民族表象にとらわれない「妻の尻に敷かれる夫」のマンガへと変化した。この変化は、同時代の新聞マンガがシンジケート主流になり、地域や民族にとらわれない普遍的な笑いを生産する必要性に迫られていたという状況と呼応する。加えて、日本に輸入された『親爺教育』のエピソードは1918年以降のものである。すでに特定の民族性から脱した『親爺教育』だったからこそ日本でも幅広く受け入れられた側面があると思われる。
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