本研究では15~16世紀のイタリア人文主義におけるダンテ評価と同時代のルネサンス美術の関連性を、彼岸の三界―地獄、煉獄、天国―の表象を中心に考察した。 1.クリストフォロ・ランディーノ註解版『神曲』とその視覚化の伝統については、同書序文で紹介された数学者兼建築家のアントニオ・マネッティによる「地獄の測量研究」と、そこから派生したと思われる美術上の地獄イメージ、すなわちサンドロ・ボッティチェッリの『神曲』挿絵(ヴァチカン図書館)とジュリアーノ・ダ・サンガッロによる「地獄の断面図」素描(ローマ、ヴァリチェッリアーナ図書館)を比較検証した。 2.最終年度は、1544年にヴェネツィアで出版されたヴェルテッロによる註解書とその版本に付された87点にのぼる木版挿絵を取り上げた。とりわけその序文において示された、ランディーノ=マネッティの地獄研究に対する否定的見解に着目し、そこにトスカーナの芸術的覇権に対する強い対抗意識とヴァザーリ『芸術家列伝』に比較されるカンパニリズモ(自国中心主義)との連動性を読み取るべく調査を進めた。 3.以上のような16世紀のダンテ受容をもとに、美術分野において、地獄と煉獄および天国の視覚的描写にもたらされた変化を検討した。その結果、ブロンズィーノが1532年頃に制作した《ダンテ》像(フィレンツェ、個人蔵)に見られる、海上に浮かぶ煉獄山の描写とフィレンツェにおけるダンテ研究に共通項があることを、特に同時代のダンテ学者であったルカ・マルティーニの活動を中心に具体化した。 以上により、ダンテを自国の芸術家として再評価しようとするトスカーナのカンパニリズモが、図像学の領域における新たな彼岸イメージの創出に繋がっていたこと、またそれがミケランジェロを中軸とする新たな美術史観の成立と連動する文化運動であったとの見解を得るに至った。
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