研究課題/領域番号 |
19K00175
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研究機関 | 青山学院大学 |
研究代表者 |
水野 千依 青山学院大学, 文学部, 教授 (40330055)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 記憶術 / ダイアグラム / 瞑想 / 聖書註釈 / サン=ヴィクトルのフーゴー / 神学の鑑 / フラ・アンジェリコ |
研究実績の概要 |
今年度は、中世から初期ルネサンスにかけて、瞑想や聖書註釈によるキリスト教の霊的修養のなかで体系化された記憶術を明らかにし、さらに他の心的作業へのその波及を、広範な図像資料およびテクスト分析により解明することを課題とした。サン=ヴィクトルのフーゴーのエクフラシスによる「方舟」の絵、サン=ヴィクトルのリカルドゥスの建築図、神学者ポワティエのペトルスの「系図」、パリのマタイの心的巡礼図、フランシスコ会士ヨハンネス・メテンシスが考案した「神学の鑑」へと収斂する各種ダイアグラム等にまつわるテクストや図像の収集に努め、その解読・分析を進めた。 これらは、心の中でダイアグラムの各所を巡りながら瞑想や註釈を行い、悔悛と魂の救済に向けて徳と悪徳を理解するための導きとして機能したが、そうしたダイアグラム的思考の淵源はユダヤ神秘主義や初期キリスト教のテクストに求められる。その系譜を辿る作業についても進めてきた。さらに、現実の建築に基づく古代の記憶術に対して、中世キリスト教においては架空の建築や空間を記憶の場とするようになったことを踏まえつつ、その思考実践の具体的なあり方についても考察を重ねた。 これらのダイアグラムはさらに、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの神秘体験、フィオーレのヨアキムの「教皇予言集」、オピキヌス・デ・カニストリスの神秘的啓示など、瞑想や聖書註釈以外の多様な心的作業において機能したことに目を向け、準備的考察を進めた。 未だ研究途上ではあるが、これらの考察の一部を論文として『美術フォーラム21』に、また巻末エッセイとして、サン=ヴィクトルのフーゴーの著作が収録されている『西洋思想原典集成 精選』に公表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
事情により予定していた海外出張を実行する事ができなかったが、テクストや図像の収集・解読を重点的に進めることで、研究自体は進展させる事ができた。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、ドミニコ会の伝統において古代の建築的記憶術が復興される経緯を検証し、その影響を受けて描かれたと考えられる図像を収集・検証する。とくにドミニコ修道会の画僧フラ・アンジェリコがフィレンツェのサン・マルコ修道院ドルミトリオに手がけた一連の壁画装飾、ローマのミネルヴァ修道院回廊に描いた壁画(消失)、そして晩年の「銀器収納棚」装飾を中心に、中世的ダイアグラムの伝統を継承しつつ建築的記憶術がいかに導入されていくかを検証する。 「銀器収納棚」装飾は、今年度の課題としたダイアグラムを含む画面と、聖書の物語を描く画面から構成されており、中世の写本の伝統とも近しいため、引き続きダイアグラム研究との関わりのなかで考察を進めていく。一方、物語画面に挿入されている建築は、実際のフィレンツェの修道院建築などを彷彿させるもので、古代的記憶術の復興という視点で考察を要する。 ミネルヴァ修道院回廊装飾は残存しないが、同修道会のトルケマダ枢機卿による素描が残されているため、それを手がかりにしながら、瞑想の場である修道院回廊にモノクロームで描かれた物語と、それを瞑想する修道士の表象を中心とするプログラムの機能を考察する。 サン・マルコ修道院ドルミトリオに描かれた壁画については多くの先行研究が存在するが、特に否定神学との関連で解釈をしたディディ=ユベルマンの研究を再検証しつつ、彼が提起している「形象/非形象」という対概念だけでなく、「無形象」という視点をさらに導入することで、新たな解釈を導く可能性を考えている。そのためには、擬ディオニュシオス、ヨハネス・エリウゲナ、サン=ヴィクトルのフーゴーなどの否定神学的思想におけるイメージ論を解読しつつ、15世紀前半のドミニコ修道会の思想との関わりについても実証的に検証していく必要がある。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度、予定していた海外調査のための出張が事情により遂行できなかったため、次年度使用額が生じた。 コロナ・ウィルス問題の状況を鑑みて、可能であれば、次年度、海外での作品調査・資料収集のための出張を実現するために使用したいと考えている。
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