最終年度には、12世紀の神学者サン=ヴィクトルのフーゴーがエクフラシスにより綴ったダイアグラム、および14世紀のアヴィニョン教皇庁書記官オピキヌス・デ・カネストリスが統合失調症から治癒された後に神の啓示を形象化したダイアグラムに焦点を定めた論文を、『はるかなる「時」のかなたに』(辻成史編、三元社)において刊行した。 さらに、フラ・アンジェリコのフィレンツェのサン・マルコ修道院僧房装飾を例に、キリスト教における可視的「形象(figura)」の地位を問い直した。「類似形象(ミメーシス)」/「非類似の形象」あるいは「否定的形象(アポファシス)」/「形象の除去」(アブラティオ)あるいは「無形象」という3概念を措定し、擬ディオニュシオスやアルベルトゥス・マグヌスらの否定神学を参照しつつ、物語表現の抽象化、絵画内の「空隙」、絵画外に広がる無形象の白壁を考察した試論を『美術フォーラム21』(2024年刊行予定、(公財)きょうと視覚文化振興財団)に寄稿した。 さらに、キリスト教における物質の行為遂行性という観点から奉納物/奉納像を論じた論考を『聖人崇敬の歴史』(2024年刊行予定、名古屋大学出版会)に寄稿した。
研究期間全体を通じて、中世・ルネサンスの霊的修養において重視されたダイアグラム的形象を様々な事例研究において掘り下げることができた。初期キリスト教以降の修道院文化において連綿と継承された有形・無形のダイアグラムに基づく聖書註釈や霊的実践を解明し、サン=ヴィクトルのフーゴーが心に描くことを推奨したダイアグラム、それ以降、現実に描かれ始めるダイアグラム的形象の展開、そして預言者フィオーレのヨアキム、幻視者オピキヌス・デ・カネストリスなどの神秘主義を経て、変容とともにルネサンスに継承されていく潮流を浮き彫りにした。 本研究の成果は、単著として2025年に刊行する予定である。
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