「款記」と「印章」の分析が、前近代の絵師たちの社会的存在形態の特徴を解明するのに有効な方法のひとつであることを実例によって証明できたことは貴重な成果である。力点を置いたのは、狩野派が用いた鼎形印は絵師集団の帰属性を示す機能や画風の継続性や宗家の継承を表明する役割を担っていたこと、印章は単なる文字情報の伝達装置ではなく形式(印文の字体、外形的類似など)それ自体で意味を有していたこと、江戸時代中期以降にさまざまな絵師が用いた款記と印章は絵師の価値観や知識ばかりでなく、心情・理想・憧憬などを標記する重要な役割を担っていたこと、江戸時代の女性画家が款記に用いた特殊な名字の実態等の諸点である。
|