本研究は、敦煌地域に所在する唐宋時代の仏教石窟内に造られた塑像および壁画を対象に、個々の図像学的考察とともに、窟内全体の荘厳プログラムの解明を行うものである。最終年度である本年度は、敦煌石窟の正面龕内にあらわされた維摩経変、唐代の薬師経変、および戒律図について研究を行った。 一つめは、昨年度に行った敦煌莫高窟の各窟内の正面仏龕内における本尊塑像と図像に関する研究をさらに推し進めたもので、初唐期の正面龕内の維摩経変にあらわされた題記の尊名および特徴ある図像が玄奘訳『説無垢称経』に基づくものであることを明らかにした。このことにより、龕内の釈迦仏世界に維摩経変を伴う表現が、玄奘とその周辺による唯識の仏土思想を反映したものと考えられるとともに、これらの作例が敦煌における玄奘訳本の流通の一端を示すものとして捉えられることを確認した。 二つめは、莫高窟の壁画および敦煌将来絵画の薬師経変に関するもので、隋代の同経変の図像が『灌頂抜除過罪生死得度経』に拠って表現された可能性、および唐代の同経変図の題記に『薬師経』の複数の訳本が採用されていること、義浄訳『薬師瑠璃光七仏本願功徳経』に基づく陀羅尼句が題記と図像とであらわされていることの意義等について考察した。 最後は、唐宋時代の戒律図に関するもので、莫高窟第323窟東壁の作例を中心に、戒律図の図像と受戒との関係性、窟内における同図像の意味や役割等について考察した。 以上、敦煌石窟の図像内容と題記による依拠経典の解明、図像の配置とその意味、ならびに窟内における陀羅尼念誦や受戒等の実践行為と図像との関係から、窟内荘厳プログラムの実相の一端を明らかすることができた。
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