研究課題/領域番号 |
19K00200
|
研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
黒岩 三恵 立教大学, 異文化コミュニケーション学部, 教授 (80422351)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 写本彩飾 / ネーデルラント / 時祷書 / 聖体 / フィリップ善良公 / トマス・アクィナス / ジャン・ミエロ / キリストの洗礼 |
研究実績の概要 |
令和元年度は本研究の初年度にあたる。下にみるとおり二次資料の収集と検討、オンラインデータベース活用による新資料の発見を踏まえてブルゴーニュ公の宮廷で用いられた時祷書写本の事例について考察を論文にまとめるに至った。 二次資料は、ネーデルラント地方の写本彩飾史、俗語訳の祈祷文と新しき信仰運動、美術とキリスト教信仰の実践との関わり等の分野を対象とした。聖体とその祝日、ネーデルラントにおける巡礼バッジとオンラインデータベース、俗語(オランダ語)時祷書写本における読み手に指示を与える朱書き(ルブリック)の実践性等、美術、宗教、文化、社会の諸分野にまたがる研究の検討により、幅広い社会階層に及ぶ霊性の地域的特性が整理された。特にキリスト教における視覚性の意義を、ミサでの聖体の掲揚と視認の典礼的な動作、巡礼バッジの象徴性、祈祷書の読解・朗誦にみる祈祷の行為と視覚の関連等の事例を通じて、地域の特性をより深く理解し、それによって写本作例を伝統的な図像分析に加えて考察すべき方法と課題が具体化した。 写本作例は、オンラインデータベースを活用し、オランダ国立図書館《フィリップ善良公の時祷書》(ハーグ写本)のキリストの洗礼の挿絵の特異性を、テクストとイメージの関係と写本学に依拠して分析した。その際、ほぼ未研究の作例を含む2点の新資料写本と関連付けることを通じて、キリスト洗礼図像と聖体信仰との関係の可能性、フィリップ善良公の信仰態度の特徴、ハーグ写本とのテクストの重複と写本学的な近縁性からジャン・ミエロがブルゴーニュ公の宮廷を中心とする美術庇護と霊的な文芸に寄与した可能性を中心に、イメージと実践的な霊性の事例を多角的に論じることができた。新知見として、ジャン・ミエロの執筆・翻訳活動を時祷書・祈祷書写本と結びつける視点を得たことは今後の研究の発展に寄与することが期待される。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
新資料の発見を含む新たな知見を本年度の成果としてまとめることができたが、主として二つの理由から、令和元年度末の時点において研究の進捗状況はやや遅れていると判断する。 一つ目の理由は、祈祷や典礼における身体性をともなう行為や実践とともに彩飾祈祷書写本を彩るイメージを捉えることが本研究の眼目であり、祈祷書写本の実物を実地調査することに重きを置いたにもかかわらず、実地調査が未実施なことによる。令和元年度は、校務などによりまとまった出張期間の取得が簡単ではない状況であった一方、令和2年度に実施予定の1年間の在外研究をベルギーのブリュッセル自由大学を受け入れ研究機関とすることが、令和元年の11月頃に決定した。そのため、十分な研究時間を取りつつより効率的に研究費を活用するメリットを考慮し、元年度に実施する予定であったイギリスへの実施調査をベルギー滞在中の令和2年度に遅らせる研究計画の変更を行った。このため、年度単位で考慮すれば、実地調査を行っていない分、研究実績の遅れが生じているとみるべきと判断する。 二つ目の理由は、令和元年度にみた研究の進捗とも密接にかかわるが、新しい資料の確認によって当初は期待していなかった知見の獲得があった反面、それらを加味しながら当初の研究目標を到達できるのか、についてなお慎重な検討を必要すると判断されることである。 今後の研究期間において、上述の祈祷書写本の実地調査が実施されることにより、総合的な論証がはかられていくことが予想される。したがって上記の二つの理由は最終的には解決されることが確実だが、なお令和2年以降の研究の推進において特に留意しながら一層の研究の発展を目指すべきものと判断する。
|
今後の研究の推進方策 |
今後の研究の進め方については、令和2年度に実施予定のベルギー、ブリュッセル自由大学における在外研究に合わせた研究計画の変更を含み、全体としては計画にそった遂行を予定している。 令和2年度においては、ベルギーでの在外研究に合わせて元年度に予定していたイギリスでの実地調査を行うのと並行して、当初の計画では令和2年度に実施予定であったアメリカにおける実地調査に替えて令和3年度に実施予定のオランダ・ベルギーでの調査を行う。入れ替わりに令和3年度の実地調査の目的地はアメリカとなる。 実地調査が集中する令和2年度の研究の遂行は、具体的には以下の予定となる。イギリスのオックスフォード、ロンドン、オランダのハーグ、新資料が発見されたドイツ、ミュンヘンにおける写本作例について、各々1週間から2週間の期間で4件の宿泊を伴う実地調査を行う。またリエージュを中心としてベルギーでの日帰り調査を実施する。 他方、研究成果の学会、研究会等での口頭発表ならびに論文等の成果物の刊行のスケジュールは、令和2年度、3年度ともに研究計画通りに遂行する予定である。令和2年度は、英語またはフランス語による成果物の執筆を行う予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は二つある。 一つは、令和元年度は、研究代表者が所属する研究機関の図書予算に余裕があることがわかり、本研究に使用する図書の大部分を上記図書予算から支出することで、科研費予算からの支出を抑制したためである。もう一つは、令和2年度に在外研究でベルギーに長期滞在する機会を活用するため、令和元年度に実施予定であったイギリスへの実地調査旅行を令和2年度に振り替えたためである。 次年度使用額は、令和2年度分の助成金と合わせて合計5か所への実地調査ならびに成果物の作成の経費に使用する計画で、その内訳は次のとおりである。調査の目的地は、イギリス、ボードリアン図書館および大英図書館、オランダ、オランダ国立図書館、ドイツ、バイエルン州立図書館のほか、聖体信仰の調査のためリエージュ等である。費目は、日帰り出張を予定するリエージュを除き、1週間から2週間の宿泊費、ベルギーのブリュッセルを起点とする交通費等の旅費と、写本の閲覧申請等の事務手続きに要する通信費、図書館閲覧カードの発行手数料、写本の画像等の論文への掲載許可料等の事務費、同画像ほか二次資料の購入費、外国語で執筆する論文の校閲費等の物品費、に分類できる。
|