研究課題/領域番号 |
19K00200
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
黒岩 三恵 立教大学, 異文化コミュニケーション学部, 教授 (80422351)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 美術史 / キリスト教図像学 / 聖バルバラ / 聖体 / 中世 / ルネサンス / フランス / ベルギー |
研究実績の概要 |
2021年度は、引き続き新型コロナウィルスの流行による渡航制限に対応した研究計画の変更を行いながら、以下の点において進展を見た。 第一に、ネーデルラントの中世末・ルネサンス期に高い人気を誇った聖バルバラに焦点を充てた研究を行った。昨年2020年度では、ブルゴーニュ公フィリップ善良が所有した一写本にみるバルバラ図像、バルバラ祈祷文を調査し、テクストとイメージの関係、祈祷書写本の使用者の信仰の実践とテクスト、イメージ、祈祷書写本の知覚的・触覚的な関りについて詳細な分析を行った。今年度の研究は、これを発展させるものである。そもそも西方カトリック教会における聖バルバラ崇敬とは何なのか、聖女崇敬の歴史と美術の展開を考察した。東方起源の聖バルバラは、数ある徳目の中に、聖体の秘跡の堅固な支持者として西方世界では受容された点に特徴がある。ドイツ、ネーデルラント、北欧、イギリス等におけるバルバラ信仰の中世以降の展開を美術、文学、聖史劇等の領域について確認した後、今後行う予定のネーデルラント地域におけるバルバラ信仰と図像研究の前史と位置づけられる、フランスでのバルバラ信仰について文献資料、オンラインの文化遺産データベース、中世写本データベースを活用することを通じて、フランスに特徴的な聖人崇敬と美術作品の様相について研究論文をまとめることができた。 第二に、聖体の聖変化という13世紀以降のキリスト教の根幹となる教義に関連する研究を進めた。写実的な様式へと発展する美術史的な動向のなかで、聖体を真にキリストの肉体とする聖変化の教義をどう矛盾なく視覚化するのか。その一つの表れとしてのユダヤ人による聖体の冒涜のイメージについて、ブリュッセル大聖堂の装飾を主たる対象として資料収集を進め、2022年度中の成果の発表に向けた研究を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究では、冊子本形式の装飾された祈祷書写本が読み手(祈祷者、鑑賞者)に提示する祈祷文テクストと彩飾イメージとの視覚的な効果を実地調査を通じて丁寧に分析すること、信仰と視覚性のかかわりを具体的な知覚体験の中から考察することに重点が置かれたものである。新型コロナウィルスの世界的な流行は、2021年度でも海外出張による実地調査をきわめて困難なものとした。このことが、2021年度においても進捗状況をやや遅れていると判断する根拠である。 他方、聖バルバラやユダヤ人による聖体冒涜の美術史的な事例について調査を進める中で、当初より研究対象として想定していた、ウィンデスヘイムを拠点として共同生活兄弟団を主導したオランダのヘーリット・フローテばかりではなく、ウィンデスヘイムの流れに連なる現ベルギーのロークロスター小修道院の思想との具体的なつながりを見出すことができた。ネーデルラントのキリスト教美術、中でも彩飾写本を分析するにあたって、単に造形表現の特性を評価するにとどまらない、当世固有の霊性を理解するための論拠が得られたことは、美術作品の分析に大きく資することは間違いない。 したがって、当初のネーデルラントを中心とする彩飾祈祷書写本を主たる対象とする研究から、写本を含めた当世のキリスト教的イメージを構築する視覚性へと、研究の重点のシフトを行った。このシフトを有効に活用すべく、残る研究期間のうちに実地調査する写本の数や内容を再検討したうえで、実際に写本作例を手に取っての調査と分析を行い、最終成果へとまとめるために準備を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度は、主にニつの調査と研究成果の公開を予定している。 一つ目は、8月の成果提出を予定して、ブリュッセル大聖堂装飾におけるユダヤ人による聖体冒涜のイメージに関する論考をまとめる。1370年にブリュッセルで発生したとされる聖体冒涜事件は、冒涜された聖体を聖遺物としてブリュッセル大聖堂を保管の場としながら関連図像を産出していった。ユダヤ嫌悪という今日なお問題をはらむ現象に立脚し、同時に聖変化の教義を具体化するこの主題は、中世末からルネサンス期の霊的な視覚性を考える上で困難であるが研究上の示唆に富むものである。またベルギー国外では知名度が相対的に低いこの事件と図像について、当研究計画の霊的な視覚性という観点から捉える点に意義があるのではないかと期待している。 二つ目は、聖バルバラ崇敬と図像に関する研究のさらなる展開を予定している。2022年度は、ネーデルラントで制作された彩飾写本のうち、すでにある程度の成果を得たフィリップ善良公の時代に続く、15世紀後半のゲント=ブリュージュ画派の写本を対象とする。当初の研究計画で実地調査の対象とした、オックスフォード大学ボードリアン図書館所蔵の『エンヘルベルト・ファン・ナッサウの祈祷書』または周辺の写本を対象として、聖バルバラ図像の分析とともに1冊の写本にみる祈祷文テクストと彩飾イメージの関わりの分析と考察も行い、これまでの研究の成果を総合する形で、モノグラフィー的な論考にまとめることを企画している。 いずれの研究でも、夏季を中心として、写本を始めとする一次資料の調査および複製の購入、現地の聖堂等の写真撮影等を目的とする海外出張を計画している。
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次年度使用額が生じた理由 |
2021年度は、前年から継続して新型コロナウィルス感染症の流行によって海外渡航制限の緩和と再強化が繰り返された。そのような状況にあって計画に従った海外への調査旅行の実施をぎりぎりのタイミングまで図ってきた。残念ながら海外出張が実現しなかったことが次年度使用額が生じた最大の原因である。 使用計画の案は以下のとおりである。まず、状況に応じた研究計画の変更により生じた、中世史、美術史、ユダヤ研究の領域について、ベルギーとオランダで刊行された古書を中心とする研究書の購入を継続する。次に、夏季休暇中にベルギーとイギリスへの調査旅行を行う予定である。期間は各々2週間程度とし、図書館等での資料調査、聖堂等における写真撮影を行うための旅費・滞在費のほか、現地において図書等文献資料の購入のための費用を科研費助成金から支出する予定である。また、研究成果の発表に要する投稿料、画像使用許諾費、校閲費等へも助成金を使用する予定である。 最後に、残額次第では、デジタル撮影した画像資料のパソコン上の電子的処理に使用する、カラーマネジメント機能搭載の専用液晶モニターの購入を計画している。同モニターは、撮影された画像とモニター上の映像の色のずれをなくす機能を持つ機材である。撮影時のカラーバランスの管理と併用することで、より忠実な色彩を再現し、電子画像資料の信頼性を高める狙いを持つものである。
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