昨年度まではジョットが手がけたフレスコ壁画を中心に考察を行ってきたが、本年度は同じ画家によるテンペラ板絵、すなわち彼の代表作である《オンニッサンティの聖母》(フィレンツェ、ウフィツィ美術館)をとり上げ、本作が観者に対してもちえた媒介機能について、これまでとは異なる2つの観点から、新しい解釈を試みた。 第一に、ジョットがオンニッサンティ聖堂のために描いた他の作品群との関連性に注目し、画家が複数の作品間に様式的・主題的・構造的なコントラストをさまざまな仕方で導入していることを指摘した。とりわけ《聖母の死》(ベルリン、国立絵画館)との比較により、ジョットが本作品において、観者を画中に招き入れるための「空所」を画面下方に設定し、聖母マリアの足元へと想像的に接近させようとしていることが明らかとなった。 加えてもうひとつの(この場合は作品内的な)コントラスト、すなわち構図の最下部に描かれた色大理石の石段と、アンモナイトの化石が埋まった白大理石の床面の間の対比関係にも注目した。地質学が未発達であった中世において、アンモナイトの化石が死せる蛇の形象を宿した石とみなされていたことを踏まえるなら、画面最下方の白大理石の床面は死すべき地上界=質量界、画面最上方の聖母子や聖者たちが居並ぶ天上は永遠の天上界=形相界を、それぞれ表象しているといえる。この点を踏まえ、両者の中間に位置する、色とりどりのマーブル模様で充満した石段は、観者を天上へと導く「生きた質量」、すなわちイエスの受肉を実現したマリアの聖なる「肉」を現前化しているという仮説を導き出した。 以上の考察内容について、美術史学会全国大会のシンポジウムにおいて発表するとともに、論文としても文章化が完了し、2024年6月に出版される予定である。
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