研究課題/領域番号 |
19K00206
|
研究機関 | 福岡大学 |
研究代表者 |
浦上 雅司 福岡大学, 人文学部, 教授 (60185080)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 17世紀ローマ美術 / 近世絵画と絵画市場 / 画家と購買層 / 庶民と美術 |
研究実績の概要 |
令和二年度、コロナ禍のため、海外旅行はもちろん国内での移動もほとんど不可能になった。令和二年度末、つまり令和三年三月にはニューヨークに調査に出かける予定で飛行機や宿も予約していたのだが、直前でキャンセルとなり、その後は大学の方針もあって、福岡から東京や大阪など国内出張も全くすることなく一年間を過ごした。 福岡に閉じこもることを余儀なくされたこの一年だったため、文献調査によって研究を進めざるを得なかった。幸い、現在ではインターネットを通じて利用できる同時代文献も少なくなく、また有料ではあるが論文データベースも複数存在する。こうしたデータベースへのアクセス権を科研費でまかない、17世紀ローマにおける宗教画と庶民の関係について、前年度から継続してローマの様々な兄弟会について、福岡で入手できる限りの同時代文献や社会史的研究について知見を深めることを目指した。 その結果、1575年の聖年や1600年の聖年にローマを訪れる極めて多数の巡礼者の世話をしたサンティッシマ・トリニタ兄弟会の活動には、ローマの貴族や上流階級の人々だけでなく、安定した生活基盤のある庶民(商人や手工業者など)も積極的に活動に参加していたことが浮き彫りになった。 バリオーネやベッローリ、アグッキなど、当時のローマで活動し美術に関する著作を残した人々はいずれも、ローマの聖堂で新たに公開された祭壇画や礼拝堂装飾に庶民が押しかけたことに言及しているが、そこで語られる「庶民(popolani)」とは、このような人々を意味していると考えるべきなのである。 ある程度までキリスト教の教義やその視覚的表現について理解があり、その理解の上で宗教美術を「鑑賞」する「庶民」を画家が制作に際して意識する時代が、対抗宗教改革期以後に訪れていたという仮説は、兄弟会活動など庶民と美術との関わり調査を通じて、正しいことが明らかになりつつある。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
コロナ禍によって海外はもとより国内での移動も制限され、具体的な作例についての調査が全く行えなった。昨年度の研究実施状況報告書には「令和二年度末までには海外調査を行い、本研究をさらに進めたい」と書いたが、令和二年度はもとより令和三年度になってもコロナ禍は収まらず、令和三年五月現在、福岡を含む多くの地域で緊急事態が続いている。コロナワクチン接種もはかどらず、海外旅行がいつ頃から可能になるのか、全く先が見えない状況である。 このような状況において、昨年度と同様に、今年度も当分は文献調査によって研究を進める以外に手立てはないが、福岡において入手できる文献は必ずしも潤沢ではなく、今後、どの程度まで研究を進めることができるのか、不明な部分も大きい。 兄弟会の活動は重要だが、それ以外に、該当時期のローマ庶民が芸術と接した機会として、いくつかの聖堂で例大祭に合わせて行われた聖画像の展示会や、謝肉祭など祝祭の折りに貴族や富裕市民がベランダにタペストリーや絵画を飾ったことが挙げられる。17世紀当時のローマでは、庶民と美術が触れる機会は多かったのである。 令和二年度は、この側面についてはまだ、本格的な文献調査も進められなかった。令和三年度は、コロナ禍が年度末まで続くことを前提として研究計画を練り直し、令和二年度同様に、文献調査を基本として、17世紀初頭のローマにおける庶民と美術との関係についてさらに深く掘り下げ、研究成果をより精密なものとしたい。
|
今後の研究の推進方策 |
令和三年五月中旬の現在、コロナは流行第四波の真っ最中で、福岡県でも緊急事態が宣言されている。今回の宣言は五月いっぱいが期限となっているが、本当にそこで終えるかどうか不明である。ワクチン接種も始まっているようだが、昨年から現在に至るコロナ禍の経緯を鑑みれば、今後、コロナ禍がたちまちのうちに収束することはないだろう。 このような状況を踏まえれば、令和三年度は本研究最終年度だが、昨年と同様に文献調査によって研究を進めることが基本となるのは仕方ない(年度末、つまり平成四年三月に海外調査が可能になってもらいたいが、現在のところは見通しがつかない)。 「17世紀初頭ローマ宗教画と庶民」についての文献による調査研究の大きな柱は、三つある。一つは昨年度同様に、聖年における活動を中心としてローマの主要な兄弟会の活動と、そこにおいて美術が果たした役割について知見を深めることである。 二つ目は、17世紀のローマにおける美術作品、特に絵画市場の広がりについて調べることである。17世紀の西欧における絵画市場の展開と国際的なネットワークの成立については、オランダの事例について経済史的、社会史的研究が先行していたが、当該時期のローマ美術市場についても近年、研究が進み、ローマに絵画や版画を専門に売る商店が存在していたことや、兄弟会での活動を担った有産庶民も家に絵画を飾っていたことが知られるようになった。このような領域についてさらに文献調査を行い、17世紀ローマ庶民と美術の関係についてより幅広い考察を行う。 三つ目は、美術市場と美術家、購買層の関係について、本研究の比較対象例として、19世紀フランスの絵画市場と画家の関係、美術展覧会とそこを訪れる人々の反応について調査することである。この時期のフランス美術の社会史的研究は進んでおり、庶民と絵画の関係について様々なヒントを獲得できると期待している。
|
次年度使用額が生じた理由 |
研究計画では毎年、年度末に海外調査を行う予定だったが、コロナ禍のため令和二年三月だけでなく、令和三年三月も海外調査ができなかった。令和四年三月にはぜひ海外調査を行い、その成果を本研究の完成に反映させたいが、当面、重要な文献を入手し、また論文データベース利用に研究費を活用したい。
|