研究課題
本研究は、インドネシアの中世ジャワで誕生した民間説話「スリ・タンジュン(Sri Tanjung)」の多様な伝承を「リビング・ヘリテージ」という視点から対象化し、無形文化アーカイブの方法論を実践的に考察するものである。2019年度は4年間研究の初年度として、資料の収集と文献調査を中心に行った。文献調査で扱ったものは、文学者Prijonoによる原典研究(1938)と、Anis Aminoedinの研究チームによる比較研究(1986)の二つである。この作業を通じて、スリ・タンジュン物語の二種の原典であるバニュワンギ(ジャワ)版とバリ版の内容の差異を把握するとともに、オランダ植民地時代におけるテクスト構築の背景を再認識することができた。そこであらためて本テーマを「リテラシー×オラリティ」の問題と関連づけ、W.Ongの研究の再読を通じて本研究の理論的基盤強化をはかった。以上の文献調査に加え、2019年7月にはバリ島における民間伝承に関する実地調査を行った。調査地のギャニャール県クラマス村は、大衆演劇アルジョが最も盛んに行われた地域の一つとして知られ、説話「スリ・タンジュン」もかつては人気演目の一つに含まれていた。この調査で村の中心的なアルジョ継承者に聞き取りを行った結果、出張上演という演劇集団の移動が説話普及の要因として大きく働いている事実を明らかにすることができた。ただしその活動を支えていた当時の社会的状況や民間における物語解釈の詳細について十分な情報を得ることができなかったため、今後の現地調査の課題として残ることとなった。
2: おおむね順調に進展している
2019年度は別プロジェクトの遂行もタスクに含まれていたため、当初より予算および活動内容とも小規模に設定していた。したがって、4年間研究の初年度としては、基礎的な文献調査と実地調査を予定通りに行い、今後の展開に有益な情報を得ることができたという点において、十分な達成度であると自己評価する。
研究計画においては、初年度にテクスト学的視点からの文献調査を中心とし、二年目から現地調査を本格化し、無形文化アーカイブ作成のための映像記録活動を展開する予定であった。しかし新型コロナ肺炎の拡大によって海外渡航が制限された現在、今後の方針を再検討中である。現段階では事態収束の機会を待ちながら、研究活動としては原典解釈をさらに精緻化し、ジャワ・バリ文化圏におけるリテラシーとオラリティの問題のうち、特に前者についての論考を深めることが最も有意義であると考えている。
今年度は文献調査を基本としつつインドネシア・バリ島での現地調査を一回行ったが、都合により短期間の出張となったため、旅費を節約する結果となった。今年度の余剰分については、来年度の資料収集や校閲費などに活用したいと考えている。
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Proceedings of the 5th Symposium of the International Council for Traditional Music Study Group on Performing Arts of Southeast Asia
巻: Vol. 5 ページ: pp. 216-218