本研究の実施期間中に新型コロナウィルスの流行による渡航規制があったため、2020年度から2022年度にかけてインドネシア・バリ島での現地調査を行うことができなかった。しかしその期間は研究対象である中世ヒンドゥー・ジャワ時代の天女説話スリ・タンジュン(Sri Tanjung)の文献研究を集中的に行った。主に扱ったのは、1938年にジャワ人文学者Prijonoがオランダ語で著した学術書籍Sri Tanjung: Een Oud Javaansch Verhaalである。この調査の過程で、西洋近代のリテラシー中心主義によるPrijonoの解釈からこぼれ落ちた、スリ・タンジュン説話本来のオラリティがもつ口承技法の重要性を確認することができた。 したがって一年間助成期間を延長し、渡航規制が解除された最終年の2023年度に、この視点からバリ島での現地調査を二度に渡って実施した。この調査では国立インドネシア芸術大学デンパサール校の協力とともに、スリ・タンジュンの詩歌を伝承する現地の歌い手を可能な限り探し出し、彼らの口承技法を映像記録化した。 その結果、Prijonoの書籍にも記されているPupuh Adri/Wukirという伝統的な韻律詩の技法が、一定のパターンで伝承されている事実を確認することができた。この分析作業と並行し、スリ・タンジュン説話のオラリティ伝承を促進するため、現地協力者と協働で物語の演劇と詩歌朗誦を組み合わせた映像作品を作成し、そのオンライン公開を通じて現地への社会還元を行った。
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