研究課題/領域番号 |
19K00268
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研究機関 | 富山大学 |
研究代表者 |
小野 直子 富山大学, 学術研究部人文科学系, 教授 (00303199)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | アメリカ / 知的障害 / 兵役 |
研究実績の概要 |
今年度は、20世紀前半アメリカ合衆国における知的障害者のシティズンシップを、兵役をめぐる議論から検討した。国民国家において国民はシティズンシップを付与されるが、それに伴って国民としての事務も課せられることになる。兵役に参加することは、シティズンシップを有する者の義務であると考えられていた。また逆に、兵役に参加することが、シティズンシップを獲得することにもつながった。しかし、兵役にはすべての人々が参加することができるわけではない。従って、知的障害と兵役の関係を論じることは、知的障害者のシティズンシップがどのように考えられてきたのかを明らかにすることでもある。そこで今年度は、第一次世界大戦期から第二次世界大戦期にかけて、直接知的障害者と接する機会があった人々が、知的障害者の兵役についてどのように論じていたのかに焦点を当て、以下のことを明らかにした。 第一次世界大戦では、徴兵に際して知能検査が導入され、軍隊において「知能」が評価されるようになった。知的障害者は兵士としては不適格と見なされたが、一部の知的障害者は兵役に就いてきちんと任務を遂行した。知的障害者に対する施設関係者の認識は変化し、知的障害者の多くは「良い市民」と見なすことはできないが、それは遺伝性の欠陥故というよりも、教育の不足と環境の故であると考えられるようになった。さらに、第二次世界大戦における軍隊及び軍需産業における人的資源の需要は、知的障害者の社会的地位を大きく変えた。彼らの戦争遂行業務への参加は、多くの専門家に、知能検査の有用性に関する疑問をもたらした。そして、知的障害者は「生産的な市民」になり得るという新しい言説が出現したのである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、アメリカ合衆国における知的障害者の歴史を、市民の排除と包摂という観点から考察することを目的としている。19世紀から20世紀初頭にかけてのアメリカにおける知的障害者の権利に関するいくつかの具体的事例を取り上げ、知的障害者からそれらの権利を剥奪すべきか、付与すべきかをめぐる議論を分析する。今年度はその中のひとつである兵役について、知的障害者と接する機会のある専門家の議論を分析し、その結果を論文として公表したので、研究はおおむね順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、第二次世界大戦後のアメリカ合衆国において、知的障害者のシティズンシップに関する見解がどのように変容したのかを検討する。第二次世界大戦時の軍隊及び軍需産業における人的資源の需要の高まりの中で、専門家は、知的障害者が「生産的な市民」になり得るという新しい言説を生み出した。「生産的な市民」という言説は、もし教育や訓練において適切なサービスと機会を提供されれば、知的障害者が「社会に貢献する市民」になり得るということを意味していた。この言説によれば、彼らに必要な教育・訓練を社会が提供していないので、知的障害者は他者に依存しているのである。そしてそれは、知的障害者はその潜在能力を発揮することを可能にするサービスと機会を提供される権利を有している、という主張につながっていくことになる。しかし他方で、「生産的な市民」「社会に貢献する市民」という言説は、そうでない知的障害者から権利を剥奪する可能性があることも意味していた。 第二次世界大戦後、アメリカでは知的障害者の親の会が急激に増加し、専門家と親の協力の必要性が双方によって主張されるようになり、知的障害者のイメージが変化する。そこで今後は、専門家と親の具体的な協力内容及びその必要性が生じた社会的背景、そしてそれが知的障害者のイメージやシティズンシップの変容に与えた影響を分析する。
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次年度使用額が生じた理由 |
年度末に予定していた史料収集のための出張が、新型コロナウイルス感染症拡大のために図書館が閉鎖され、実施することができなかったことにより、当該年度の使用額に残額が生じた。次年度に、史料収集のための国内旅費及び海外旅費として使用する予定である。
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