研究課題/領域番号 |
19K00268
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研究機関 | 富山大学 |
研究代表者 |
小野 直子 富山大学, 学術研究部人文科学系, 教授 (00303199)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | アメリカ / 知的障害 / 家族 |
研究実績の概要 |
2020年度は、第二次世界大戦後アメリカ合衆国における知的障害をめぐるポリティクスに焦点を当てた。知的障害の歴史に関しては、19世紀末から20世紀初頭にかけての優生学運動の時代と1960年代以降が主要な考察の対象とされ、1940年代から50年代は等閑視される傾向にあった。しかしながらこの時期は、知的障害者の親の会が増加し、知的障害者のイメージや、家族や社会における位置付けが変化したという点で重要である。特に第二次世界大戦後のアメリカでは、「家族」が社会における最も基本的な制度として賞揚され、家族イデオロギーは子供をその中心に据えた。そこには、単にたくさんの子供をもうけることを善とするのではなく、健康で「正常な」子供でなければならないという意味が含意されていた。そのような家族の幸福の光景に、当時の言説によれば「正常でない」子供の居場所はなかった。そこで本研究では、知的障害者とその家族をコミュニティに包摂する過程で、家族イデオロギーが果たした役割を考察した。 第二次世界大戦後に急増した知的障害者の親の会は、自分たちをアメリカの理想的な家族という想像の共同体に包摂するよう主張した。親の会は知的障害者を「永遠の子供」として描き、専門家と政府の支援を要求した。専門家は知的障害者を、教育可能で生産的な市民になり得るが、そのためには専門家の支援を必要とする「依存者」として描いた。親の会と専門家の活動は、コミュニティにおける教育・医療・福祉などの社会的サービスの発展において重要な役割を果たしたが、それはまた、専門家と政府が介入しなければ「幸福」の象徴である理想の家族を形成・維持することができないという考えが、人々に内面化されていたことも意味している。そしてそれが、その後政府のさらなる介入につながっていくことになる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2020年度は新型コロナウイルス感染症拡大のため、アメリカ合衆国で史料収集を実施することができず、また国内の図書館の利用も制限されていたために史料収集が困難であった。そのため手元にある史料で議論を展開せざるを得ず、十分な考察には至らなかった。また、感染症に関する他の研究に参加したため、本研究については若干の停滞があった。
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今後の研究の推進方策 |
知的障害の歴史の関しては、19世紀末から20世紀初頭にかけての優生学運動の時代と1960年代以降が主要な考察の対象とされ、2020年度は、等閑視される傾向にあった1940年代から50年代に焦点を当てたが、今後は1930年代に焦点を当てる。アメリカの優生学運動は、1920年代末から30年代初頭にかけて退潮期を迎え、それに対応するように優生断種は肯定されなくなったとされる。しかし、優生学運動や断種に対する態度の変化は、断種実施数の減少には連動せず、それどころかアメリカにおける断種実施数は1920年代末から30年代にむしろ増加した。その背景には、連邦最高裁判所において断種法の合憲性を認めた1927年の「バック対ベル」判決があったことは当然である。しかし1930年代には、公立の知的障害者収容施設の施設長たちの間で、断種法の有無にかかわらず、断種を必要とする知的障害者の存在が共通認識となった。そこで今後は、大恐慌からニューディール期において知的障害者に対する断種政策が変容する過程を、知的障害者のイメージの変化及び福祉政策と関連付けて検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度は新型コロナウイルス感染症拡大により、海外・国内の出張が不可能であったため、予定していた旅費を使用することができなかった。2021年度には、移動可能な時期に図書館での史料収集を実施する予定である。
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