2023年度は、主にアメリカ合衆国の優生学運動と人口問題の関係に焦点を当てた。優生学の科学的信憑性に対する信頼が失われていた第二次世界大戦後の1948年に、なぜアメリカ占領下の日本で優生保護法が成立したのかという問いへのひとつの解として、1930年代末以降にアメリカの優生学運動において人口問題に対する関心が高まったことを明らかにした。またその過程で、これまであまり注目されてこなかった1940年代前後のアメリカの断種政策についても検討し、第二次世界大戦後のアメリカの断種政策の継続と家族計画の世界的拡大へとつながる道筋を提示した。この時期アメリカでは、独裁国家と比較して自国の生殖管理は民主的であることが強調された。しかしその一方で、能力のない「不適者」、特に「精神薄弱者」の数を減らすこと、またその方法として断種が支持されていたことを明らかにした。 研究期間全体を通じて、アメリカにおける知的障害者の市民権に関する認識の変化を検討してきた。これまで知的障害者の歴史に関しては、19世紀末から20世紀初頭にかけての優生学運動の時代と、1960年代以降の障害者の権利運動の時代が主要な考察の対象とされてきたが、本研究では等閑視される傾向にあった1930年代から50年代を中心に考察してきた。特に知的障害者の兵役、婚姻、生殖の権利に焦点を当て、この時期に知的障害者のイメージが変容したことを明らかにした。しかしながら、生殖の権利に関しては、ナチスのような強制的な断種とは対比される「民主的な」生殖管理の名の下で、第二次世界大戦後も否定される傾向にあった。
|