研究課題/領域番号 |
19K00277
|
研究機関 | 東海大学 |
研究代表者 |
松本 俊吉 東海大学, 現代教養センター, 教授 (00276784)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 進化心理学 / 進化的機能分析 / 適応思考 / 発見法 / 適応主義 / リバースエンジニアリング / ブートストラップ戦略 / 還元主義のバイアス |
研究実績の概要 |
昨年度の本報告書の「今後の研究の推進方策」の欄で、「2020年度は、現在Biological Theory誌に投稿・審査中の論文を、(すんなり一度で受理されるのは難しいと思うので)とにかく根気強く掲載にまで漕ぎ着けることが、ひとまず最優先課題となる」と書いたとおり、今年度は上記国際誌に研究論文 "Making sense of the relationship between adaptive thinking and heuristics in evolutionary psychology"を最終的に掲載することができた(ただし、案の定すんなり一度で受理されるわけにはいかず、ほぼリジェクトに近い段階から何度も査読者の要求に応じて原稿を修正し、ようやく2021年2月27日に掲載に至った)。 これは、進化心理学を一種の発見法的プログラムとして解釈することによって、提起された仮説を進化心理学者自ら厳密に検証するという責任を回避する--あるいは周辺関連分野の研究者に委ねる--という近年多くの進化心理学者が採用し始めている方法論的立場を批判的に検討したものである。私の主張は、「発見法」にはWimsatt (2007)が指摘するような「還元主義のバイアス」に陥るリスクが常にともない、しかも信頼性に欠ける--特に人類進化史上の証拠による裏付けの乏しい--適応思考(という発見法)によって発案された仮説は、探査されるべき「仮説空間」を縮減し有望な仮説を絞り込むことによって最終的な検証の労を軽減するどころか、逆に進化心理学者自身が自覚していないバイアスの導入によって仮説の最終的な検証に求められる厳密性の水準を高めることになりがちである、というものである。 これは2020年度の研究テーマとして調書に挙げた「『進化的機能分析』における適応主義的前提の検証」を実施した成果となる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記の成果は、上述したように、当初調書の中で2020年度に実施する予定だった研究課題を、2019年度から2020年度にかけて2年越しで推進した結果である。その一方で、当初2019年度に実施する予定だった「進化心理学の擁護派と批判派の議論の洗い直し」という課題に関しては、現在に至るまで同時並行的に文献調査を進めてきた。その成果は、上記出版論文にも活かされており、当論文作成過程で関連する論争の経緯について広範に情報を集め、論文冒頭部の"introduction"中で、問題の背景や歴史的な経緯を、かなり詳細に素描した。その意味では、この研究課題に関しても、一定の成果はすでに挙げていると言ってよい。ただし、本格的に論争をレビューし、望むらくは進化心理学をめぐる方法論的問題についての包括的な著書の出版につなげるためには、最終年度である2021年度も引き続きこのテーマに関して関連文献を渉猟する必要がある。
|
今後の研究の推進方策 |
それと同時に、本最終年度は、2021年度の研究課題として調書に記載した「〈他でもありえたような道筋〉を描き出す」という課題を推進していくことが涵養となる。これは中立進化説、進化心理学発生生物学、エピジェネティクス、システム生物学といった近年の非-適応主義的(構造主義的)な生命諸科学の理論的展開を踏まえ、1990年代の進化心理学のパイオニア達が構想した過度に適応主義的(機能主義的)な研究プログラムとは異なる、より柔軟で可塑的な人間心理の進化的研究のオルターナティブの可能性を探るというものである。そのためには、90年代の歴史的な論争だけでなく、その後今世紀に入ってから現在に至るまでになされてきた進化心理学に関連する周辺生命諸科学の最新の動向にも目を配っていく必要がある。 あるいは、それとは逆に、進化心理学者のピンカー等が言語学者のチョムスキーの「生得的」言語構造の概念にしばしば言及している点などに鑑みて、もっと時代を遡り、進化心理学の起源を1960-70年代の生得性論争あたりに求めてもいいかもしれない。その上で、当時の論争の決着のされ方を再検証し、それがどこまで必然的なものであったか--それとも学問的必然性や論理性以外の何らかの「外的・付帯的な」要因がそこに働いていたのか--を洗い出し、もし後者であったとしたら、それとは違ったどのような決着のされ方が可能であったのかを描き直すという方途も可能であるかもしれない。 いずれにせよ最終年度は、先行する2年間の主として歴史的観点からの研究をふまえ、それらを統合することによって、現代的な意義とインパクトを有する研究成果につなげたいと考えている。
|
次年度使用額が生じた理由 |
当初予定していた複数の国際/国内学会への参加が、コロナ禍の影響で軒並み中止(ないしはオンライン開催)となったため、外国/国内旅費の出費がゼロとなった。次年度もコロナ禍の状況の改善はあまり見込めない様子だが、その分文献や研究に必要な機器の購入にあて、さらには今年度内にあらたに英語論文を1本執筆し主要な国際ジャーナルに投稿するための英文校閲費や掲載決定後のオープンアクセス自己負担金などの出費でもって、その穴を埋めたい。
|