今年度は、大慧宗杲の語録である『大慧普覚禅師語録』の無住による受容について考察した。本書と無住との関係をめぐっては、最近、宋春暁氏が『沙石集』の巻5本第5条「学生ノ怨心ヲ解タル事」所載の道林禅師と白居易の問答譚の出典が『大慧普覚禅師語録』であることを明らかにするとともに、集中三箇所に現れる「大恵禅師」の言葉についても、従来注釈書において一行禅師の言葉に比定されてきたところを、『大慧普覚禅師語録』に依るものであることを指摘している。そこで宋氏の研究を承け、『沙石集』巻3第6条「道人ノ仏法問答セル事」所載の説話で、従来『景徳伝灯録』が出典と考えられていた大珠和尚と馬祖の問答譚が『大慧普覚禅師語録』に拠ることを明らかにし、さらに、無住が『大慧普覚禅師語録』全30巻のうちでも巻19から巻24までを占める『大慧普覚禅師法語』を愛読していた可能性を指摘、俗人の教化が一大関心事であった無住にとって『法語』の相手が俗人であったことが本書愛読の大きな理由だったのではないかと推定した。 なお、本科研の研究期間全体を通じ、『宗鏡録』、『首楞厳義疏注経』、『大蔵一覧集』、『大慧普覚禅師語録』といった宋刊仏書について、遁世僧による受容の様相を考察した。具体的には鎌倉後期の遁世僧・無住の主著『沙石集』による『宗鏡録』『大慧普覚禅師語録』『大蔵一覧集』の受容、ならびに遁世僧(律僧)と関わり深い室町前期成立の説話集『三国伝記』による『首楞厳義疏注経』の享受の相についてそれぞれ指摘した。宋刊仏書によってもたらされた最新の情報知識が遁世僧の文学世界をいかに彩っているか明らかにした点に本研究の意義がある。
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