研究課題/領域番号 |
19K00307
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
榊原 理智 早稲田大学, 国際学術院, 教授 (00313825)
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研究分担者 |
辛島 デイヴイツド 早稲田大学, 国際学術院, 准教授 (40736005)
塩野 加織 早稲田大学, 文学学術院, 准教授(任期付) (80647280)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 翻訳 / キャノン / 世界文学 / 村上春樹 / 国際文学 |
研究実績の概要 |
本研究は、日本近現代文学が英語翻訳を通して世界の主要な文学(キャノン)になっていく過程を、英語翻訳の生産・出版・流通の側面から解明することを目的とし、1) 英語翻訳初動期のキャノン形成 2) 村上春樹の英語翻訳によるキャノン変容という二つの研究領域を視野に入れていた。 初年度にはこの二つの分野でそれぞれ成果を挙げたといえる。まず1)の研究領域に関しては、塩野がユネスコによる日本文学作品の英語翻訳選定過程に関する調査の結果を論文として発表した(「ユネスコによる日本文学代表作品翻訳計画―その成果と課題」)ほか、榊原が中心となって英国在住の研究者と国際ワークショップ「文化の翻訳」(1月15日)を開催した。ここでは、榊原が1950年代の日本文学作品の英語訳について、塩野が1950年代のユネスコの翻訳事業について報告をそれぞれ行った。2)の研究領域でも、辛島が英国において、ペンギン・ランダムハウス社やグランタブックスなど日本現代文学の翻訳を出版している5社に聞取り調査を行っている。辛島はその調査に基づき、オックスフォード大学のペンブローク校で開かれた「現代文学と翻訳」のラウンドテーブル(10月25日)及び早稲田大学における国際シンポジウム「村上春樹と国際文学」(11月28日)に参加していいる。榊原は、近年多和田葉子が新しい世界文学としての評価を受けていることを鑑み、2)の領域を拡大して村上春樹に加えて多和田葉子作品を視野にいれることを考え、その視野について論文(「多和田葉子『地球にちりばめられて』論―「母語の外」とはどこなのか」を学術誌に発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
初年度の成果としては、予想以上の進展があったと考える。 申請時には、初年度である2019年度を、国内における研究基礎を固める段階と位置づけ、榊原・塩野が主に1)の研究領域(英語翻訳初動期のキャノン形成)を担当し、辛島が2)の研究領域(村上春樹の英語翻訳によるキャノン変容)を担当するという役割分担を決めていた。予定通り、榊原・塩野は、翻訳出版事業に関する基礎資料を調査・収集・整理して、初動期の日本文学の英語翻訳の諸相を明らかにした。また辛島は、キャノン化の成功例である村上春樹の英語翻訳に関するインタビュー調査を英国の出版社数社に対して行うことで、1)と2)双方の研究領域の基礎を固めるという点において十分な成果をあげた。 さらに、予想以上の進展としては、「研究実績の概要」でも述べたように、こうした調査の結果を学術雑誌に発表し、国内外での口頭発表も積極的に行って、翻訳研究に携わる国内外の研究者や翻訳実践に関わる編集者との交流を深める機会を得たことがあげられる。榊原と塩野は、国際ワークショップ『文化の翻訳』において、学際的かつ国際的に翻訳という視点を通して他の研究者との交流を深めるすることで、日本文学の英語翻訳とそのキャノン化の問題をより大きな「翻訳研究」の分野へと拓いていく足がかりを得た。英国での調査・発表を行った辛島は、当初の対象であった村上春樹の英語翻訳研究から、現代日本文学の英語翻訳を視野に入れたキャノン形成の研究へと展開していく可能性に確信を得た。 このように、予想以上の進展があった本研究であるが、1)と2)の領域を重ね合わせて考察することによって通史的な視野を拓いていくという点においては、まだ発展の余地があるので、来年度の課題としたい。
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今後の研究の推進方策 |
申請時には、二年目となる2020年度に、米国と英国における調査の継続、また米国のThe Association of Asian Studies及びヨーロッパのEuropean Association of Japanese Studiesでの研究発表を予定していたが、コロナ渦によって学会の年次大会が相次いで中止され、渡航もままならない状況である。そのため、国内で可能な調査・研究に焦点をあて、できる範囲での研究の深化を目指す。 「進捗状況」で述べた通り、初年度の調査によって、1)英語翻訳初動期と2)90年代以降のキャノン化現象という二つの領域それぞれに、新たな視点を導入することができた。特に、多和田葉子の英訳作品が全米翻訳図書賞を受賞し、ノーベル賞候補とささやかれたほか、川上未映子や小川洋子の翻訳も相次ぎ、世界文学化・キャノン化の新たなパターンが現出している。90年代以降における村上春樹の位置を考えるにあたっても、これらの現象を考えることは必須となろう。50年代60年代における日本文学の英語翻訳のありようを、90年代以降の英語翻訳を通したキャノン化とすりあわせる際に、村上春樹のみならず現代日本文学作家の活躍を視野に入れる研究は有効であると考えられる。 こうした発展を踏まえ、今年度は1)と2)を繋いで、通史的な視点を構築するという、本研究の目的に近づいていく必要がある。二年目となる2020年度には1)と2)の領域の重ね合わせを図る所存である。具体的な方法としてはより頻繁な研究会の実施を予定している。研究会は①メンバー間の共通理解を深めるもの ②国内外の研究者を招いて行うものの二種を考えている。特に②は、2019年に深めた交流を最大限に生かして、オンライン・サービス等も使用しながら、実施を検討したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究所年度の2019年度にはパソコン等、調査に必要な機器をそろえる予定であったが、現在の機器を買い換える喫緊の必要性がないと判断したことが2019年度の使用額に残余が出た主な要因である。さらに、次年度にベルギーのゲントで開催されるEuropean Association of Japanese Studiesの大会において、研究発表する目処がついたので、そのための旅費として次年度に持ち越す方が研究の充実には生産的であると考えた。アメリカとイギリスの研究者と意見交換をしながら、ともにパネルを組んで研究発表をする予定をたてていたが、8月の開催予定であったEAJSはコロナ感染症の影響により、開催が中止となったので新たに研究計画を練り直し、国内から参加する形で学会発表の機会や、ズーム等を使用して国外研究者との交流も考えたい。
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