本研究課題は、戦時下の上海および中支各都市で活動した日本人文学者・文化団体の文芸文化ネットワークが、戦後日本の文芸文化の創生と展開に与えた影響を検討するものである。 最終年度は、資料集の出版および博物館展示を中心とした研究成果公開に積極的に取り組んだ。 その具体的な成果としてはまず、『日本未来派、そして〈戦後詩〉の胎動―「古川武雄宛池田克己書簡」翻刻・注解/詩誌『花』復刻版』(2024年3月、琥珀書房)の出版が挙げられる。本書は戦時上海の日本語文壇の中心的役割を担った池田克己の書簡60通の翻刻・注解と、彼が戦後日本で刊行した『日本未来派』の前誌にあたるガリ版詩誌『花』の復刻を試みたものである。同書簡には日本未来派の成立から発展に至る過程が戦後詩壇の空気と共に詳細に記されているばかりでなく、戦時中国で活動した外地文学者の戦後の動静もうかがえる。その公刊によって、戦時中国と戦後日本の文化的連続性を検討する基礎資料の提示と、今後の当該分野のさらなる研究推進に寄与できた。 またもう一つの成果としては、展観「幻の大陸日本語文学―池田克己とその時代Ⅱ」(2024年1月22日-4月27日、於・奈良大学博物館)の開催がある。本展観は池田克己の戦前・戦中・戦後の足跡を辿りながら、戦前の中国各地で公刊された日本語文学関連資料を紹介したもので、上記の書簡や、2022年に復刻した『上海文学』の原本など、これまでの研究過程で収集した重要文献を広く公開した。また同展観の解説パンフレットでは展示図書の詳細な解題を付し、戦時中国における日本語文学の文献目録となるようにも意識した。 他にも国際シンポジウム「戦前戦中における日本文化人の大陸表象とそのつながり」(2024年3月2日、於・奈良大学)の基調講演や市民公開講座などに参加するなど、研究成果を学会および一般社会にも広く還元することができた。
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