研究課題/領域番号 |
19K00332
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
中嶋 隆 早稲田大学, 教育・総合科学学術院, 教授 (40155718)
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研究分担者 |
稲葉 有祐 早稲田大学, 教育・総合科学学術院, 講師(任期付) (90649534)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 近世初期浮世草子 / 市野や物語 / 男色歌書羽織 / 江戸版 / 好色本 |
研究実績の概要 |
近世初期(元禄末年以前)に成立した浮世草子を中心とした散文作品139部なかから、書肆の関与が強い作品と俳諧師が作者となった作品の調査を行っているが、2019年度は、演劇と小説との様式的複合が見られる作品に焦点を当てた。書肆の主導した浮世草子にはこうした作品が多い。時期の距たりがあるものの、江戸・上方という地域性を越えて、観劇する草子読者と草子を読む観客とが重なって享受者層が拡大し、書肆がそれに見合った出版活動を行ったからである。江戸では貞享5年刊『市野や物語』のごとく、上方より十数年前から演劇と小説とを複合する傾向が見られるようになった。上方の版元に江戸売り捌き元を加えた三都版が現れ、上方版の重版・類版が、貞享二三年頃から江戸では出版できなくなった。窮地にあった江戸書肆によって新規な草子が企画されたことが、上方より早くこのような浮世草子が刊行された理由であろう。書肆が版木を買い取った求板本には改題本が多いが、同板であっても、版木の一部を入木して改刻されることが多い。改刻は板木の痛みを修訂するためだけではなく、様々な原因が想定できる。特に浮世草子の場合には、実在の人物や役者名を彫り変える場合もある。小説と演劇との様式的複合は、事実と虚構とが作中に並存し、小説に際物のような時事性が付与されるなど、文芸の多様化をもたらすこととなった。その一現象として、特に注目するのは、元禄末期の上方版浮世草子の叙述に、歌舞伎口上や長台詞がそのまま写された例が多く見られることである。大坂松本名左衛門座顔見世興行を写す『男色歌書羽織』には、実際に舞台で述べられた台詞が、そのまま詳細に書き写されている。このような叙述は、歌舞伎に精通した浮世草子読者の趣味に作者が応える必要があったから出現したのだろうが、洒落本や滑稽本、人情本が、台帳様式で叙述されるようになる素地は、すでにこの時期に胚胎していた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
書肆の主導した仮名草子・浮世草子について書誌調査を行った。江戸書肆と上方書肆との出版慣行の相違は、挿絵のみならず書型や題簽の意匠にも顕現する。これまでの調査で、江戸版浮世草子は半紙本で刊行されることが多いことは分かっていたが、上方版でも、大本で出版されることが多いなかでも、好色本にかぎると半紙本の場合がほとんどである。これは上方版好色本が、下し本として江戸で販売されたからだと推測する。とくに京書肆・西村市郎右衛門と江戸書肆西村半兵衛の出版物に、この傾向が顕著である。 一方、上方版を真似た表紙と大本の書型で出版された江戸版仮名草子が、稀ではあるが存在した。たとえば『鹿の巻筆』初版本には、当時上方で流行していた紗綾形地巻竜紋行成表紙の中央に題簽を貼る。料紙も腰の強い上方製を用いている。匡郭は半紙本型なので、明らかに貞享二三年頃の上方版浮き世草子を模倣している。興味深いのは、西村市郎右衛門刊『好色三代男』や西鶴『諸艶大鑑』などに使用された上方版紗綾形地巻竜紋行成表紙ではなく、江戸独自の巻竜紋表紙を用いていることである。 現存する出版書から、江戸・上方間の出版物の相違や出版文化の地域性を考察するには、その時期の出版形態をそのまま残す初版本を考察の対象にすることが望ましい。その点で、高い資料性をもつ本と出会う事が必要となる。現行の目録類は、そういう観点から編纂されていないので、現存本を極力披見しなければならない。その点では時間と労力がかかる。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度は、書肆の主導した浮世草子について、江戸・上方の地域性の相違という観点から調査・考察を行った。2020年度は、俳諧師を作者にした浮世草子について、主に叙述面での俳諧の影響と様式性について考察する。 写本の生産・管理者が文化的権威をもった16世紀以前とは異なり、版本文化によってその文化的階層性が徐々に崩壊した。その結果、版本として享受された仮名草子では、多様な文芸的要素が階層的ではなく並立的に享受された。仮名草子の多様性が変質し、浮世草子では叙述と趣向等の様式性が濃厚となったのである。 『好色一代男』の影響下に成立した浮世草子は、談林の俳諧師が作者となる場合が多い。浮世草子の特徴とされる現実を再現する叙述は、作者の認識の問題として従来論じられていたが、俳諧の文芸的特性と読者の嗜好に敏感な書肆の発想から新しい様式として定着したと考えるべきである。 本研究の目的は、浮世草子という散文文芸様式の成立について、上方・江戸の出版メディアや小説以外の文芸様式との影響関係から考察することにあるが、文芸ジャンルにとどまらない当時の文化状況を視野に入れる必要がある。今後は、その観点から浮世草子以外の出版物も取り上げて考察を深めたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
パソコンや資料購入など、おおむね予定通り予算を使用したが、国内調査の事前準備が十分ではなく、旅費を使用できなかった。
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備考 |
「東アジアの知識交流のメカニズム:知識の生産と伝達」というテーマで、韓国研究財団2017年度人文韓国プラス支援事業の交付金を受けている韓国檀国大学の学術交流の一環として、檀国大学での私の講演と早稲田大学との共同学術大会を開催した。
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