研究課題/領域番号 |
19K00347
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研究機関 | 都留文科大学 |
研究代表者 |
野口 哲也 都留文科大学, 文学部, 教授 (90533000)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 幕末 / 明治 / 写実 / リアリズム / 生人形 / 松本喜三郎 / 安本亀八 / 高村光雲 |
研究実績の概要 |
令和元年度は、幕末から明治期にかけて制作された人形作品の特質と、それを用いた見世物興行や祭礼の実態を調査したほか、当時の造形芸術分野において模索された近代化のあり方について、文献資料をもとに検討を加えた。 具体的には、桐生の祇園祭で用いられてきた鉾と松本喜三郎による生人形(ともに明治8年)や、祇園屋台と清水東谷による襖絵2種(明治2年)、同市の織物産業と庶民信仰の両面に関連して制作された安本亀八による生人形(明治28年)などを見学し、関係者にインタビューを行った。特に松本喜三郎の「素戔嗚尊」を実際に鉾に戴いて巡行する祭礼は12年ぶり(例年はレプリカ使用)ということで、美術作品ないし民俗資料としての展示されているものを鑑賞するのとは違った視点で実見することができたのは大きな収穫だった。また、古くから人形浄瑠璃の文化が根付く徳島県内で保存・継承されている阿波木偶箱まわしの関係者に、その歴史と現状について聞き取り調査を行った(徳島県内および国立劇場)。さらに、松本喜三郎や安本亀八による生人形を目撃した訪日外国人が残した日記類や、高村光雲・光太郎・豊周父子のような同時代の造形芸術家による評価を仔細に比較検討することで、強い迫真性や正確さを極めた再現性はもちろん、それとは矛盾するかのような宗教的な神秘性や幻想性といった側面に注目が向けられていることが確認された。 本研究の目的は幕末から明治期にかけての文学と造形芸術を対象として、それぞれの写実的方法の内実と形成過程を明らかにすることであるが、本年度は特に彫刻の歴史において、単純素朴な外面模写から内的な生命といった深化された表現の理念や技術を獲得していく過程で、人形という隣接ジャンルに対する毀誉褒貶の中にも、リアリティの多面性ともいうべきものが見出されているという展望を得たので、今後の研究計画に結びつけていきたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
令和元年度の当初予定としては、①幕末・明治期の彫刻作品や人形、人形を用いた見世物興行に付随する一次資料について、海外の博物館・美術館も含めて実施調査を行うとともに、②新聞・雑誌記事による見聞記をはじめとする二次資料の読解を進める計画であった。 ①について、国内における調査活動は一定程度行うことができたが、海外での出張調査が叶わなかったほか、国内でも未調査の資料を多く残していると言わざるを得ない。主な理由は、応募者が夏期に交通事故被害に遭って調査活動に支障を生じたことに加えて、冬期にはパンデミック(新型コロナウィルス)により、海外だけでなく国内においても遠方への出張調査を行うことが実質的に不可能な状況に陥ったためである。そうした中でも、②を中心とした文献資料の分析考察は予定どおり進めて成果報告を行った(学会発表1件のほか、校正中論文1件)。
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今後の研究の推進方策 |
「現在までの進捗状況」に記したとおり、新型コロナウィルス感染症の流行状況によっては、特に①に関連した海外への出張調査が困難な状況が今後も続くことを懸念している。しかし、本年度の調査活動の成果からは、国内においても検討すべき資料が想定よりも多く存在すること、また幕末から明治の造形という点では、生人形に留まらず彫刻や絵画作品の動向をより丁寧に検討することが必要かつ有効であることが判明しつつあるので、具体的な調査活動(出張地)の比重を臨機応変に変更しながら本研究の目的達成に資することは可能と考えている。また、2年目以降は③幕末から明治期における文学言説に関する文献資料の収集と読解作業を本格化させる計画であったので、この基礎調査は予定どおり遂行したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度は「現在までの進捗状況」に記したとおり、当初予定の出張調査が大幅に制限されたことで、計画を修正して文献資料を中心とした調査活動とその成果発表に比重をおくこととしたため、未使用額が生じた。今後は海外出張の遅れを徐々に取り戻しつつ、並行してそれを補い得る調査活動を国内において充実させるために未使用額を当てたい。 初年度の後半に導入する予定であったPCをはじめとした物品類についてもパンデミックの影響等で納入が難しくなったために予定がずれ込んではいるものの、この経費については令和2年度に入って執行しているところである。
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