本研究課題は、カルチュラル・スタディーズ勃興期における「ウェールズ的経験」の意味を解明するものである。「変化」それ自体の長さが、文化研究勃興期にいかにして問題になったのか。この問題系は、とくにウェールズ的な経験を記述することで明らかになるのではないか--これが本課題が中心的に探求するものであり、そこでは、A・ベヴァン、A・ルイスらが「例外的戦闘性」を発露しつつごくショートスパンでの変化を求めるウェールズ的な書き手と解される。そのときレイモンド・ウィリアムズは、世代的な遅れをともないつつそうした短い文化革命への複雑な応答を試みた書き手として位置付けうることになり、こうしたウェールズ的経験が、ひとつの源流となって、影響力の多大な後発ニューレフト世代(ペリー・アンダーソン)らとの、これまで理解困難とされてきた独特な緊張感を生じさせているのではないか、という問いも浮上することになった。こうした一連の問いかけは、最終年度となる本年度においても、分担執筆稿「都市と自然を書くこと、そして語ること--レイモンド・ウィリアムズ『ブラックマウンテンズの人びと』を読むために」(東北大学文学研究科 講演・出版企画委員会編『語りの力』67-95頁)の公表に向けた準備作業のなかで継続して探求された。同稿は、2020年の講演がもとになっているものだが、2022年度にそれを公表すべく試行するなかで、地質学的な強烈に長大な時間軸を記述するウィリアムズにおいて、じつは、それとは齟齬を来すように見えかねない「いま・ここ」でのラディカルな変化の兆しが見いだしうる可能性を考察した。分担執筆稿のなかでは、ある種の「裏切り」という言葉で記述したこの問題について、本課題の期間終了後も継続して考察を進めてゆくものとしたい。
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