研究課題/領域番号 |
19K00386
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研究機関 | 山形大学 |
研究代表者 |
中村 隆 山形大学, 人文社会科学部, 教授 (00207888)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 『パンチ』 / 図像学 / 四辻清掃人 / メイヒュー / 最低貧困層 / 公衆衛生 |
研究実績の概要 |
1853年11月に、当時の風刺漫画週刊雑誌の『パンチ』に掲載された一枚のカートゥーン(漫画)を基点として、、図像学(イコノグラフィー)的な解析を施し、以下のような分析結果を得た。 (1)幼年から10代前半の最低貧困層の過酷な労働が当時の克服されるべき課題として、広く認識されていたこと。(2)その労働者とは、四辻に溜まって、悪臭を放つペースト状の泥(馬糞と煙突から出る煤の混合物質)を履き、紳士淑女からお金を恵んでもらう「四辻清掃人」(crossing-sweeper)であるが、パンチの漫画が暴露しているのは、富裕層と最低貧困層の間で繰り広げられている先鋭な階級対立であったこと。(3)蔓延する貧困と裏腹に、19世紀中葉の大英帝国は一面的には資本主義的栄華に浴していたことで、それを象徴するのが、1851年に半年に渡って開催された「大博覧会」(先端産業品の陳列会)であったこと。 (4)世紀のルポルタージュとして知られる『ロンドンの労働とロンドンの貧民』を著したメイヒューもまた「四辻清掃人」を描出しているが、この記述を詳細に検討すると、『パンチ』の漫画だけではわからなかった次の3点が確認される。(a)「四辻清掃」が平均的にもたらす賃金が数字として明示されており、その金額(日当4ペンス)は、餓死には至らないくらいの食事をもたらし得る価値があったこと。(b)「四辻清掃」はドブさらい(石炭、くず鉄、ロープ、骨、銅製品等を拾って、売り物とした)と並ぶ最低貧困層の人々のなりわいであったこと。(c)19世紀中葉の最大の課題の一つが、公衆衛生問題で、具体的には、下水道改革の必要性が喧伝されていたこと。別言すると、悪臭を放つテムズ川の清浄化が焦眉の急のヴィクトリア朝イギリスの課題であった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度の研究の目的は、図像学(イコノグラフィー)の美術理論に基づき、個々の漫画を一つの美術作品とみなし、一つ一つの漫画を純粋に美術史的な観点から論じることであるが、概ね、予定通りの研究ができた。また、もう一つの目的である、図像の背景に広がる社会史的なあるいは文化史的なコンテクスト(文脈)についての考察を進めることができた。結果的に判明したのは次の2つのことである。 (1)『パンチ』のカートゥーン(漫画)の登場人物の「服装」「表情」「仕草」「発せられるセリフ」等々の事項は、図像学的には、ヴィクトリア朝の貧困の「イメージ・物語・寓意」を形作る構成素となっている。 (2)図像の背景に広がる社会史的なあるいは文化史的なコンテクスト(文脈)を知るための必須の文献は2つある。1つは、『パンチ』の漫画を取り巻いている当時の種々の記事であり、もう1つは、メイヒューの『ロンドンの労働とロンドンの貧民』である。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、主として、リーチ(John Leech)の漫画を対象とする。彼は、『パンチ』を国民的人気雑誌に押し上げた最大の功労者である。リーチが『パンチ』に掲載した時期は1841-64年で、挿絵の総数は約3000点である。そのうち一枚画の漫画(cartoon)は720点である。具体的には、以下の2つのことを研究課題とし、研究を進める。 (1)リーチを代表すると思われる漫画を約50点選択し、その漫画を、モティーフ・イメージ・物語・寓意等の観点から分析する。 (2)漫画と対応する『パンチ』の記事を博捜し、それらの記事内容を分析する。合わせて、その漫画と関連が認められるメイヒューの『ロンドンの労働とロンドンの貧民』を精読し、その文字テクストから何が読み取れるのかを考察する。
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