研究課題/領域番号 |
19K00386
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研究機関 | 山形大学 |
研究代表者 |
中村 隆 山形大学, 人文社会科学部, 教授 (00207888)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 『パンチ』 / 図像学 / ロンドン万国博覧会 / クリスタル・パレス / 旅行産業 / 公衆衛生 |
研究実績の概要 |
1850年からその翌年にかけて漫画週刊雑誌の『パンチ』に掲載された一連のロンドン万国博覧会のカートゥーン(漫画)を基点として、図像学(イコノグラフィー)的な解析を施し、 以下のような分析結果を得た。 (1)イギリス国内経済の苦境と万博に投じられる巨大な費用問題をめぐる論争が描かれている。(2)万博開催に向けてなされた募金活動に投げかけられた皮肉な視線が顕在化してくること。(3)敷地問題とクリスタル・パレス(水晶宮)建設をめぐっての論争があったこと。 (4)ロンドン万博を目指してイギリス各地からやってきた「おのぼりさん」たちの世帯風俗の描写。(5)国を挙げての旅行と相即不離の関係で勃興した旅行産業の伸長(とりわけトマス・クック社という世界初の旅行代理店の誕生)が反映されていること。(6)ロンドンに降り立ったアメリカ人の女性たちのファッション(たとえば、ブルーマー・スタイル)に向けられた好奇な眼差しが散見されること。アメリカという親戚の国家に対するイギリスの視座は複雑に分化しており、歴史や文化をめぐっての自己の優越心と経済的に敗北し始めていることへの劣等感がないまぜとなっている。この複雑な心理が『パンチ』の漫画を通して透けて見える。 『パンチ』誌を通して、当時のロンドン万国博覧会をめぐる狂想曲にの実態をいくつかの局面から知ることができる。合わせて、万博という栄光の影に隠れた19世紀中葉のロンドンが内包する公衆衛生問題等の社会問題も、『パンチ』の種々の図像が視覚化している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度の研究の目的は、図像学(イコノグラフィー)の美術理論に基づき、『パンチ』誌に掲載された個々の漫画を一個の美術作品とみなし、それらの漫画を純粋に美術史的な観点か ら論じることであるが、概ね、予定通りの研究ができた。 また、もう一つの目的である、図像の背景に広がる社会史的なあるいは文化史的なコンテクスト(文脈)についての考察を、ロンドン万国博覧会関連の図像を中心として推し進めることができた。結果的に判明したのは次の2つのことである。 (1)『パンチ』のカートゥーン(漫画)の登場人物の「服装」「表情」「仕草」「発せられるセリフ」等々の事項は、図像学的には、ヴィクトリア朝の分裂した社会階層の「イメージ・物語・寓意」を形作る構成素となっている。 (2)図像の背景に広がる社会史的なあるいは文化史的なコンテクスト(文脈)を知るための19世紀中葉の強力な必須項目が、1851年のロンドン万博だったことを明らかにすることができた。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度は、主として、テニエル(John Tenniel)の漫画を対象とする。彼は、ヴィクトリア朝最大の政治風刺漫画家と目されている。テニエルが『パンチ』に掲載した挿絵の総数は約3300点で、そのうち一枚画の漫画は2287点である。それらの漫画に対し、以下の研究課題に沿って研究する。 すなわち [A] 約100点の漫画を選択し、モティーフ・イメージ・物語・寓意等の観点から分析する。[B] 漫画と対応する『パンチ』の記事内容を分析した上で、その漫画と関連が認められるヴィクトリア朝の文献を発掘する。
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