研究課題/領域番号 |
19K00388
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
佐藤 光 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (80296011)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 比較文学 / 英文学 |
研究実績の概要 |
本研究は「ウィリアム・ブレイクと英国社会主義思想――職人による伝承と伝播」(挑戦的萌芽研究、2016-2019)の延長線上にある。2018年に、武者小路実篤の「新しき村」を紹介した英文記事を、大英図書館所蔵資料の中に発見した。編集人兼発行責任者はシルヴィア・パンクハースト、掲載紙は週刊新聞『ワーカーズ・ドレッドノート』(Workers' Dreadnought)である。2019年は、パンクハーストと武者小路との接点と、パンクハーストが「新しき村」を理解した社会主義思想の文脈とを、武者小路の資料を調査しつつ、『ワーカーズ・ドレッドノート』を精査することによって明らかにした。武者小路に関する調査は日本で行い、パンクハーストに関する調査は大英図書館で行った。 研究成果を論文としてまとめて、日本比較文学会に投稿し、審査を経て『比較文学』62巻に掲載された。パンクハーストと武者小路は、社会改革を志し、ウィリアム・ブレイクやクロポトキンに関心を持ったという点で共通するが、パンクハーストは社会主義に共鳴し、武者小路は社会主義に距離を置いた。『白樺』が歴史的経緯を踏まえることなく、同人の主観的判断に基づいてヨーロッパ美術を論じたように、パンクハーストは、武者小路の思想的変遷や『白樺』の活動とは無関係に、片山潜、堺利彦、山川均に連なるものとして、「新しき村」の活動を理解した。 但し、武者小路とパンクハーストは、社会改革に関して、この後も同じ思想的方向を共有したわけではない。パンクハーストは反ファシズム運動を展開し、武者小路は「一億一心」や「銃後の統一」を掲げて戦争支持へ転じた。二人の間の齟齬は、時代が進むにつれて拡大し、社会改革を志す「親しい仲間」であった武者小路とパンクハーストは、互いに背を向けることになった。詳細については、『比較文学』62巻の拙論を参照されたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ウィリアム・ブレイクの自他共生思想とウィリアム・モリスの社会主義思想の末裔として、武者小路の「新しき村」とパンクハーストの活動が浮かび上がってきた。これは、武者小路に関する新資料と新事実の発見という側面があり、それぞれの関連資料を精査して、論文にまとめることができた。当初の研究計画では予想していなかった成果であり、研究は順調に進展しつつある。
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今後の研究の推進方策 |
武者小路の「新しき村」を、パンクハーストがどのように理解したか、を考えることによって、ブレイクの思想とモリスの思想が合流する様子を見ることができた。これは、20世紀という戦争の時代に、共生の可能性を模索した思想家の活動から、ブレイクとモリスとの近接性を逆照射することができることを意味している。武者小路が大きな役割を果たした『白樺』同人の間で、ブレイクが好んで読まれたことが確認できる。また、『白樺』同人の一人であった柳はブレイクを本格的に研究し、さらに民芸運動へ進み、モリスに関心を持った。 戦後に『思想の科学』を創刊した鶴見俊輔は、『白樺』の活動に強い興味を示した。『鶴見俊輔集』には、しばしばブレイクやモリスの名前が登場する。鶴見の限界芸術論を視野に入れながら、鶴見がブレイクとモリスをどのようにとらえたのか、という点に注目することによって、ブレイクとモリスが後世に与えた思想的影響の一端を考えてみたい。
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